毎日新聞 2012年1月31日 東京地方版
家族との別れ、重い病気の宣告、突然の災害。人生にはつらいできごとがいっぱいだが、そこで心が折れそうになった人をどうするか、という問題について、心の専門家は意外にきちんと考えてこなかった。
精神科医など専門家の仕事はあくまで「病気を治すこと」であり、「母親が亡くなってつらい」と言われても「誰もが経験することなんだから、がまんしなさい」などと答えてきたのだ。
しかし、とくに災害や犯罪、自殺などで突然、家族を失った人や子どもをなくした親には、特別な心のケアが必要であろう。やっと最近になって、その「グリーフ・ケア(悲嘆にある人のケア)」に取り組む動きが活発になってきた。
実は日本には、長くグリーフ・ケアの重要性を訴えてきた人たちもおり、上智大学グリーフケア研究所所長の高木慶子さんもそのひとり。
カトリックのシスターとして多くの傷ついた人たちの中で「人生の中で経験する大きな悲しみへの専門的なケア」の必要性に気づいた高木さんは、その後、実践、研究、専門家の育成とこの分野をリードし続けている。
先日、高木さんにお会いしたところ、昨年から今年にかけて執筆した本を4冊もくださった。大震災による大きな喪失を受けて、各出版社から高木さんへの執筆依頼が殺到しているのだ。興味深いことに、4冊のうち3冊は、タイトルに「悲」という漢字が入っている。
「悲しんでいい」「悲しみの乗り越え方」などだ。
グレーのシスタールックに身を包みながらいつも少女のように目がキラキラしている高木さんも、こう言っていた。
「“悲しんでいい”だなんてそんなタイトルの本、売れないんじゃないですか、と言ったの。そうしたら編集者さんが“いいんです、いまこのことが求められているんです”って」
おそらくこれまで私たちは、相当にやせがまんをしてきたのだろう。
しかし、ショックなことや耐えられないほどの苦しみが襲ってきたときは、無理をして平気な顔をしている必要はない。
「つらいんだよ」と口に出し、「わかるよ、たいへんだね」と声をかけ、その人の涙が乾くのをみんなでゆっくり待ってあげる。考えてみれば、これはかつて私たちが日々の暮らしの中で、ごく自然に行ってきたことだったはずだ。
「元気出してね」もいいけれど、ときには「元気じゃなくてもいいよ」と言ってみる。自分でも「今日は元気じゃないんだよね」と素直に言える。きっとそれがグリーフ・ケアの第一歩なのだろう。

