2013年06月01日

 死刑囚にとって、地獄の連日

 死刑囚にとって、平日の昼食は、単なる食事ではない
2013年6月1日  東京新聞「筆洗」


 死刑囚にとって、平日の昼食は、単なる食事ではない。
死刑は、午前中に執行される。
だから、昼食が配られるということは、その日は絞首台に上らずに済むということだ

▼一九六一年に五人が死亡した名張毒ぶどう酒事件で、半世紀余もの間、無罪を叫び続けている奥西勝死刑囚(87)は、八十歳を前に出した再審請求の意見書で訴えた

<よく人は地獄を見たとか言いますが、私は確定判決以来、地獄の連日で、この三十三年間の生活は…午前中に処刑や獄死を二桁余りも見送るという目にあいました…
昼食の配給があるとホッとし、それ以外の時間帯は、地獄の中で生きているようなものです>

▼奥西死刑囚はその安堵(あんど)の昼食すら、もうまともにはとれない。
一年前に肺炎を患ってからは食べ物がのどを通らず、経管栄養に頼る。
先月初めには痰(たん)がのどに詰まって窒息し、危篤に陥った。
持ち直したのは奇跡的という

▼命はかろうじてつながれたが、酸素吸入の管を挿入する手術を受けたため、話せなくなっているという。
自分はやっていない」と訴え続けてきた、その声を失ったのだ

▼有罪の根拠とされた数々の物証を突き崩してきた弁護団は、裁判のやり直しを速やかに決めるよう最高裁に求めている。
再審とは、冤罪(えんざい)の人だけでなく、過ちを犯した司法をも救いうる機会。その機会が永久に失われるかもしれない。
posted by 小だぬき at 10:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック