知識は尻から抜けてもいい。
知恵が血肉となって残るなら
2013.10.10 朝日デジタル「天声人語」
季節違いをお許しいただくとして、〈学問は尻からぬける蛍かな〉の句が蕪村にある。
滑稽味が漂うが、50代半ばになった我が身を思えば笑ってもいられない。
読んだもの、覚えたはずのものが、体中の穴から抜けていく。
そんな中、少し励まされる調査結果が出た
▼経済協力開発機構(OECD)が16〜65歳を対象に、社会生活で求められる能力を調べた。
24カ国・地域で行った初の「テスト」の結果、日本は読解力と数的思考力で1位になった。
義務教育で学んだ基礎は、しっかり血肉になっているらしい
▼文科省は「成人力調査」と呼んでいる。戦後の教室で蒔(ま)いてきた種の出来は、「良」なのだろう。
何の意味があるのかと冷めた声も聞こえるが、人間が最大の資源という国である。
結果が良いに越したことはない
▼しかし気がかりもある。
15歳を対象にOECDが行った4年前の調査で、日本は読解力で8位、数学的な応用力で9位だった。
次代の子らを案じる向きは少なくない
▼教育には誰にも一家言がある。
「教育とは、学校で習ったすべてを忘れたあとに残るものをいう」との格言もあった。
知識は尻から抜けてもいい。知恵が血肉となって残るなら。
そんな意味だろうか。
理想といえば理想である
▼教育熱心ならいいが、点数に汲々(きゅうきゅう)とする「教育結果熱心」は似て非なるものだ。
種を蒔いて収穫まで、人は成長の緩い植物だと思う。
遅速もまた人それぞれ。裏を返せば、どの年齢も伸びしろはある、という希望になる。
2013年10月11日
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今日は土砂降り
雨音で目覚めた(^^;
知識は血肉となって残る
身体で覚えるって事なのかな?
知恵があれば なんら生きていくのに障害にならなてともとれます。そんな老人になりたい。