石井苗子の健康術
問題生徒を「仕分け」て校外で指導
2014年6月17日 読売新聞yomiDr.
(「どうしたらいい子になりますか?」と医師に質問する親の心理)
学校が大変なことになってきているようです。
児童生徒にランクをつける。
「成績ランキング」ではなく、「態度ランキング」なのです。
大阪市教委は来年度から、服装を守らない生徒から始まり、過激な暴力を繰り返す生徒まで問題行動を5段階にレベル分けし、先生たちが問題児と思われる児童生徒を「仕分け」し、指導する方針を決めました。
手を挙げて叱しかることは絶対にならないという教育ルールがあるから、子どもたちの乱調ぶりを止めることができない先生たちが次に要求されたことが「観察力」だったわけです。
これはいたちごっこです。
レベル分けされないように生きる生徒とそれを追いかける先生。
両者の精神的な距離は遠くなっていく一方です。
このようなランク分けの仕事に、どんな愛情がうかがわれると言うのでしょう。
保護者から「学校の指導がなっていないから、いじめの問題や暴力事件が解決しない。
自殺する生徒はまだいるではないか!」と責め立てられるので、先生たちは正確な観察力を要求されることになりました。
でも結果が悪ければ観察が足りなかったと指摘されるので、その前に問題生徒にランクをつけて昔でいう「札つき」にする。
言葉遣いはジョークと受け取っていただきたいのですが、学校全体でこれに似たようなことをやっているのと大差ないと私は思います。
そして最終的には他の生徒の邪魔にならないように、経験豊富な教員らが専門的に指導する「個別指導教室」(仮称)を設置する教育方針も出てきています。
学業成績は軽視されてきているのかといえば、相変わらず受験競争は過熱する一方です。
大学名で就職が決まらない時代になったとメディアは言いますが、本当にそうでしょうか。
有名大学の志願者人数割れとかいうニュースは聞きません。
少子化なら、とっくにそうなってきてもいいはずなのにです。
企業が採用時に重視するのは、本人のコミュニケーション能力、協調性、挑戦力になりつつあるといいますが、だったら「新卒がいい」なんていわないはずです。
上記3つの資質を試験や面接で判断するのは、ベテランのカウンセラーでも難しいと思います。
過去にどんなことをやってきたかを話してもらい、その人間にコミュニケーション能力や協調性、挑戦力といったものがあるかなんて、面接官にどんな能力があったらいいのでしょう。
そもそも協調性と挑戦力は相反する側面をもった精神性です。
コミュニケーション能力は職種によって必要とされるものが異なります。
弁護士と看護師では、必要とされるコミュニケーション能力が異なるように、通り一遍の解釈では採用試験ができません。
今の学生は、やっと合格したと思ったら大学で2年生から就職活動を始める。
なんのために受験勉強をしたのか、子どもたちが一番大変です。
成績も良くなければ一流の会社に行けない。
いつ倒産するかもわからない経済状態だからこそ、安定したサラリーのところにまずは行きたがる。
わかりやすい心理です。
入社しても辞めていく社員が多いと嘆かれますが、彼らはむしろ自分自身しか信用できないのですから、目先のことに一生懸命になることを誰にも止めることはできません。
カウンセリングで「うちの子はどうしたら、いい子になってくれるでしょうか」という親御さんの顔には、苦労がにじみ出ているように感じます。
しかし、今の日本社会は大人が子どもを助けることが、果たして出来るのだろうかと私は疑いたくなるほど、昔の教育例が参考になりません。
振り返れば「詰め込み教育」の反省から始まった「ゆとり教育」です。
企業もあと何年かすれば同じ業種のものがなくなっているかもしれません。
新しい業種に就職する若者が増えていきます。
病院だって変化の一途にあります。
総合病院に行けばすべて安心という時代ではなくなりつつあります。
自分たちの地域をどう守るかの医療の時代です。
大きな病院はあるけれど、働いてくれる人がいないという状態の地域もあります。
私もそうですが、「詰め込み教育」で育った人々は、自分で考えて行動するより、人様から外れないように生きることを良しと教育されてきました。
ですので、「方針をハッキリしてほしい。でないとどうしていいかわからない。指導者側に責任がある」が口癖になっている。これをまず反省しなければいけません。
子どもは子どもなりに一生懸命考えていることを忘れてはならないのです。
助けを求めているのは、指導ではなくて、愛情なのです。
愛情の種類はひとつではありません。自分たちの過去は反省して、彼らの未来を励ますことも必要です。

