永田町の裏を読む/高野孟
公明党に少しでも期待をかけた不明を恥じる
2014年7月3日 日刊ゲンダイ
私も、集団的自衛権解禁に突き進む安倍政権の暴走に歯止めをかけるのは(民主党が役立たずである以上)公明党しかないのではないかと、わずかな期待をかけたひとりである。
それは、まったくの幻想に終わった。
創価学会について長年取材しているジャーナリスト乙骨正生は「マスコミ市民」7月号の対談で、
「今のメディアの創価学会認識は、あまりにもお粗末です。
創価学会を平和団体というのは、彼らが一方的に主張するプロパガンダであり、事実認識が決定的に欠けている」
「自公連立発足以来、公明党は政権のブレーキ役になると強調してきましたが、実際にはアクセルの役割を果たしています」と言い、それは過去の通信傍受法、イラク特措法、昨年の特定秘密保護法の成立過程を見れば分かるだろうと一刀両断的に指摘する。
そう言われればその通りで、少しでも公明党に期待をかけた自分の不明を恥じるしかない。
しかしねえ、池田大作名誉会長は過去に繰り返し「絶対に第9条だけは変えてはいけない」
「憲法の精神を守り抜きたい」と言っていて、それは戦前の学会会長=牧口常三郎が治安維持法違反と不敬罪で捕まって獄死したという痛切な歴史に根ざした本当の気持ちだと思っていた。
しかも、個人的に言うと、1979年イラン革命の後、井上義久幹事長と太田昭宏国交相がまだ30歳代で学会の総務部長と青年部長だった時代に、彼らが主宰する「宗教と社会変革」についての内輪の勉強会に呼ばれて肝胆相照らしたことがあって、35年経った今でもその残像が私の胸に残っている。
結局、そのような側面はタテマエにすぎず、そもそも学会が64年に公明党を創って政界に進出した初志はともかく、その後69年の言論出版妨害事件への世間の怒りや、75年の共産党との創共協定に対する自民党の危機感に基づく「池田国会証人喚問」や学会に対する「税務調査」「宗教法人課税」の圧力にさらされる中、“学会防衛”というホンネの側面がどんどん大きくなって、それがこの十数年間の自公連立政権を通じて、何が何でも与党の立場を手放さないという同党の政局オンリーの堕落につながってきたのだろう。
こうして、公明党は「平和の党」という看板を下ろしながら今秋の結党50年を迎えるという悲惨に陥ったのだが、
より深刻なのは、それによって創価学会もまた原点であるアイデンティティーを失い、何のための巨大組織なのか分からなくなって、漂流を始めるだろうということである。
〈たかの・はじめ〉
1944年生まれ。「インサイダー」「THEJOURNAL」などを主宰。
「沖縄に海兵隊はいらない!」ほか著書多数。


集団的自衛権を日本が持ったら困るかな?韓国は(・・;)