“立ちんぼ”はなぜなくならないのか…実名報道をしても根本解決にはつながらず【「表と裏」の法律知識】
2025年08月03日 15時05分日刊ゲンダイDIGITAL
(いたちごっこが続く大久保公園(C)日刊ゲンダイ)
【「表と裏」の法律知識】#293
先日、東京・大久保公園周辺で、いわゆる“立ちんぼ”行為をしていた20代の女性4人が売春防止法違反の疑いで逮捕されました。
今回の事件では、実名や顔写真まで報道されたことが話題となり、「そこまでする必要があるのか」といった声も多く上がっています。
売春行為自体は、売春防止法で「してはならない」と規定されていますが、罰則はありません。
処罰の対象となるのは、売春を助長する「勧誘」や「客待ち」などの行為であり、今回の逮捕もその点を根拠とするものでした。
一方で、売春防止法の目的は「女性の保護と更生」であるとされています。
にもかかわらず、実名報道によって本人の社会復帰が極めて困難になるような事態が生じてしまえば、本来の理念とは矛盾しかねません。
報道の自由と公益性の名のもとに、処罰以上に重い社会的制裁が科されてしまう構図には慎重な検討が必要です。
ただ、報道が過剰であるとしても、摘発が不必要というわけではありません。
今回のケースでは、詐欺的な手口や悪質な客引き、組織的な情報共有といった実態があったとされており、地域の治安や観光イメージへの影響も無視できないものです。
繰り返される立ちんぼ行為に対して、一定の抑止が求められるのは当然のこととも言えます。
しかし、こうした摘発や報道が繰り返されながらも、路上に立つ女性は後を絶ちません。
売春行為は悪いとされながらも、家庭にいられない、生活の糧がないといった複雑な事情を抱え、他に選択肢がない中で路上に立たざるを得ない人もいます。
そして一方で、その女性たちを“利用”する側が存在する限り、立ちんぼはなくならないという現実もあります。
つまり、問題は単なる個人のモラルや法令順守の話ではなく、立ちんぼという行為が社会のどこに根差しているのかという構造の話なのです。
摘発も報道も、それだけでは根本的な解決にはなりません。
本当に必要なのは、貧困や孤立への支援、性搾取の構造への理解、そして加害と被害を単純に分けられない現実を直視する姿勢ではないでしょうか。
繰り返される“いたちごっこ”を終わらせるには、社会全体でこの問題の土台を問い直す必要があるのです。
(橋裕樹/弁護士)

