2026年05月11日

「この人、痴漢です!」そのひと言で人生崩壊…証拠ゼロでも実刑になる痴漢冤罪の恐怖

「この人、痴漢です!」そのひと言で人生崩壊…証拠ゼロでも実刑になる痴漢冤罪の恐怖
5/11(月) ダイヤモンド・オンライン

 通勤などで公共交通機関を利用する男性なら誰でも当事者になってしまう可能性がある「痴漢冤罪」。
被害者の証言だけを鵜呑みにした冤罪事件はなぜ起きてしまうのか。
2009年の「郵便不正事件」で自身も冤罪に苦しんだ著者が、現在の刑事裁判が抱える問題を指摘する。
※本稿は、全国社会福祉協議会会長の村木厚子『おどろきの刑事司法 “犯罪者”の作り方』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

● 「この人、痴漢です!」 不可抗力の接触にさえ要注意

 東京都の迷惑防止条例では、第5条で、「何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為」をしてはならないとし、その行為として、「1 公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること」を規定しています。

 この規定に違反すると、6カ月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金に処されます(常習の場合は1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金)。
他の地方公共団体にも同様の趣旨の規定があり、それに対する刑事罰が適用されています。

 なお、「拘禁刑」とは、従来の懲役刑と禁錮刑の総称です。
2025年6月施行の改正刑法でこの名称に統一されました。

 対象とされる行為は、痴漢事件で多発している「揉む」「撫でまわす」といった行為だけではありません。
自分の身体の一部が他人の身体に触れただけでも、「人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせる」ものであれば、条例に抵触することになります。

 もちろん、電車やバスが激しく揺れてたまたま近くに居合わせた人の身体に倒れかかってしまったとか、手の甲などが触れてしまった場合、あるいは、荷物を持ち替えたりする際に肘などが隣の人の身体に触れた場合などは、不可抗力または過失になるので、処罰の対象になりません。

 でも、相手が故意だと感じて「この人、痴漢です!」と叫ぶようなケースも、ないとは言えません。
ラッシュ時間帯の電車やバスの中では、周りの人たちとの身体的接触を避けることが難しいので、十分に注意するほかありません。

● “被害者証言”を裁判官が鵜呑みにした 「防衛医大教授痴漢冤罪事件」

 2006年4月、東京都世田谷区内を走行中の小田急線車内で、女子高生の下着(パンティ)の中に手を入れ下半身を触ったとして、防衛医科大学校教授のNさん(当時60歳)が強制わいせつ罪で逮捕・起訴されました。

 逮捕直後に行われた繊維鑑定の結果では、Nさんの手指から女子高生が着用していた下着の繊維は検出されていません。

 被害を訴えた女子高生は、「左手で執拗に触られた」「満員電車で痴漢行為を避けることができなかった」などと証言しましたが、痴漢にあってから途中の停車駅で一度電車を降りたのに、再び同じ車両に乗ってNさんの隣に立っていたなど、不自然な点もあります。

 Nさんは一貫して容疑を否認していましたが、東京地裁は、「一度は電車を降りたが、乗客に押されたためNの隣に立った」などとする女子高生の証言だけを根拠に、懲役1年10カ月の実刑判決を下しました。

 控訴審から弁護を担当した秋山賢三弁護士らは、原判決の問題点を指摘する再現実験を3通り行い、それをDVD化して東京高裁に提出しました。

 当時、痴漢事件で無罪を争うには、再現実験とその映像がないと物足りないと思われるぐらい主流になっていました。

 痴漢事件の裁判は、被害を訴えている人の証言と、被告人の証言の、どちらが信用できるかで判断されがちです。

 信用度の比較という形で判断する際、再現実験の結果はきわめて重要です。再現してみないとわからないことは、たくさんあるのです。

 けれど、それはとても大変な作業です。
撮影スタジオに設置する電車のセットは、証明する内容によっては再現性を高めるため、床、壁、ドア、窓などをすべて事件当時の電車と同じ寸法にし、座席や吊り革なども正確に再現しなければなりません。

● 弁護側が自費で再現映像を 作らなければならない

 事件当日と同じ時間帯の車内の混雑状況、乗客の動き、停車駅での乗降客の流れなども忠実に再現したうえで、痴漢行為の様子を撮影しなければなりません。
支援者の協力も必要だし、お金も相当かかります。

 再現映像に対して、たいていの検察官は「実際の電車でもないし、状況の再現などできるわけがない」と強硬に反論しますが、弁護側が実際の満員電車の中で再現映像を撮れるわけがなく、できるとしたら捜査機関しかありません。

 そもそも、検察には被告人の有罪を立証する義務があります。
自分たちがやるべき仕事をせず、弁護側に無罪立証させるなど本末転倒もはなはだしい。

 裁判官も、再現映像を弁護側反証の当たり前のツールとして考えているのだとしたら、由々しき話です。
弁護側が再現映像を作らなければならない現実が間違っているのです。

 しかも裁判所は、「再現映像は本件の状況を忠実に再現したものとは認定できず、証拠として採用することはできない」などと言って、不当に過小評価します。

 Nさんの控訴審もそうでした。東京高裁は、再現実験の結果よりも女子高生の証言のほうが信用できるとして、控訴棄却としたのです。

 こうして迎えた上告審。2009年4月14日、最高裁第三小法廷は、一、二審の有罪判決を破棄し、痴漢事件としては最高裁初の逆転無罪判決を下しました。

 原審に差し戻さず、上級裁判所が自ら判決を下すことを「自判」といい、原判決を破棄しなければ明らかに正義に反すると認められる場合に、事件をより迅速に解決させるために行われます。

● 刑事裁判の原則を逸脱した 判決が多い痴漢事件

 判決は3対2という僅差での無罪でしたが、Nさんが一貫して犯行を否認していること、有罪を裏付けるのは被害を訴えている女子高生の供述のみであること、彼女の供述には不自然な点があり信用性に疑いの余地があることなどを挙げ、Nさんの犯行とするには合理的な疑い(通常人なら誰でもが抱く疑問)が残るとされました。

 一、二審の判断について「必要とされる慎重さを欠く」と指摘した、明解な判決でした。

 この最高裁判決で特筆すべき点は、弁護士出身の那須弘平裁判官が、次のような補足意見を述べたことです。

 「冤罪で国民を処罰するのは国家による人権侵害の最たるものであり、これを防止することは刑事裁判における最重要課題の1つである。
刑事裁判の鉄則ともいわれる『疑わしきは被告人の利益に』の原則も、有罪判断に必要とされる『合理的な疑いを超えた証明』の基準の理論も、突き詰めれば冤罪防止のためのものであると考えられる」

 「痴漢事件について冤罪が争われている場合に、被害者とされる女性の公判での供述内容について、『詳細かつ具体的』『迫真的』『不自然・不合理な点がない』などという一般的・抽象的な理由により信用性を肯定して有罪の根拠とする例は、公表された痴漢事件関係判決例をみただけでも少なくなく(中略)、被害者女性の供述がそのようなものであっても、他にその供述を補強する証拠がない場合について有罪の判断をすることは、『合理的な疑いを超えた証明』に関する基準の理論との関係で、慎重な検討が必要であると考える」

 つまり、当時の痴漢事件の裁判には、「疑わしきは被告人の利益に」「合理的な疑いを超えた証明」(常識に照らして、被告人が罪を犯したことに疑問の余地がいっさいなくなるほどの有罪立証)という刑事裁判の原則を逸脱した判決が、かなりあったということです。

● 警察と検察の横暴が露呈した 「三鷹バス痴漢冤罪事件」

 こうした裁判の在り方に、那須さんは警鐘を鳴らし、これらの原則は当然ながら痴漢事件にも当てはまることを明確に述べたのでした。

 防衛医大教授痴漢冤罪事件での最高裁判決や「那須補足意見」には、大きなインパクトがありました。

 映画『それでもボクはやってない』(編集部注/痴漢冤罪を題材とした2007年公開の周防正行監督作品)が喚起した世論と相まって、痴漢事件については「人質司法」(編集部注/罪を認めない被疑者や被告人に、自白を引き出す目的で長期間の勾留を継続)が運用されなくなっていき、秋山賢三弁護士も裁判所の対応の変化を歓迎していました。

 しかし、それ以後も依然として、「無罪推定」「合理的な疑いを超えた証明」という刑事裁判の原則を逸脱した判決は出ています。

 たとえば、2011年に起きた三鷹バス痴漢冤罪事件。走行中のバスの車内で女子高生のスカートの上からお尻を触ったという身に覚えのない罪で、東京都三鷹市の中学校教諭Tさん(当時27歳)が、東京都迷惑防止条例違反の現行犯で逮捕・起訴された事件です。

 逮捕直後に警察署が実施した鑑定では、Tさんの手指から「触った」とされる女子高生が着用していたスカートの繊維は検出されなかったにもかかわらず、警察官は自白を強要し、検察官は「認めないなら出さない」と「人質司法」をちらつかせました。

 年末に逮捕されたTさんは警察の留置場で年を越し、逮捕から28日後に、250万円の保釈金を払ってようやく留置場から出ることができました。

 弁護士が粘り強く検察と交渉し、バスの車載カメラの映像を開示させて分析したところ、「触った」とされる時間帯に、Tさんがリュックサックを身体の前(お腹側)にかけて立ち、左手で吊り革をつかみ、右手で携帯電話のメールを打っている姿が記録されていました。

● 「可能性」だけで有罪という 耳を疑う不合理な判決

 同時刻に相手に送られたメールの通信記録も残っています。
「痴漢」の証拠は、女子高生の証言以外にはありませんでした。

 ところが、13年5月に下った一審・東京地裁立川支部の判決は、求刑通り罰金40万円の有罪でした。

 倉澤千巌裁判官は、証拠として提出された車載カメラの映像に、バスが大きく揺れたためTさんが吊り革をつかんでいた左手が映っていないわずかな時間があったことを理由に、「車載カメラの死角に入った瞬間、女子高生に触った可能性がある」としたのです。

 揺れるバスの車内で吊り革につかまらず、右手で携帯電話を操作しながら、左手で痴漢行為をすることについては、「容易とは言えないけれども、不可能とか著しく困難とまでは言えない」と認定しました。

 「那須補足意見」が出てもなお、このような不合理な「可能性」だけで有罪判決を下す裁判官がいることに、驚きを禁じ得ません。

 Tさんは当然、控訴しました。
弁護団は、一審で車載カメラ映像を鑑定したH教授(映像解析の専門家)に、映像を鮮明化処理したうえでの再鑑定を依頼。

 H教授は、「一審段階で不明とされた時間帯にも、Tさんの左手は吊り革をつかんでいたことが確認できる」「バスが揺れている時にTさんのリュックが女子高生に当たっている」との結果を出し、法廷で二度証言しました。

 控訴審判決は14年7月15日にありました。
東京高裁(河合健司裁判長)は、再鑑定結果の信用性を認め、「左手で痴漢行為をしたとは認めがたい」と判断し、一審判決の認定を、「不合理」「論理の飛躍がある」「明らかな事実の誤認がある」などと全面的に批判して破棄。

● 誰でも犯罪者にしてしまえる 「有罪推定」に警鐘を鳴らす

 「女子高生がリュックの接触を痴漢行為と勘違いした疑いがある」とするTさんの主張を採用し、無罪判決を下しました。

 検察は上告せず、Tさんの無罪が確定。Tさんは次のように語っています。

 「自分が被害者だと思い込んでしまったために、他人の人生をむちゃくちゃにしてしまったという重荷を背負うことになった女子高生も気の毒です。
警察、検察、裁判所にはちゃんと正しい判断をしてもらいたい。
誰が読んでも納得できる理路整然とした判決を出せる裁判官が広がって、私のような思いをしない人が増えてほしい」

 三鷹バス痴漢冤罪事件のように、リュックや鞄などの接触を痴漢と勘違いしてしまうのは、ある程度はしかたのないことかもしれません。

 しかし、被害を申告した人の証言を鵜呑みにし、それと食い違うことを被告人が言うと「信用性がない」として、事実誤認の有罪判決を出す裁判官がいることは重大な問題です。

 このことからも、「検察が起訴しているから間違いないだろう」と思っている裁判官が多いことは容易に想像がつきます。

 ことに痴漢事件の場合、有罪の理由に「被害者が嘘をついてまで被告人をあえて罪に陥れる理由はない」といった文言を相変わらず多用しているところを見ると、明らかに「有罪推定」なのだと思います。

 やったという確証がない限り有罪にできないはずなのに、三鷹バス痴漢冤罪事件の一審判決のように、「可能性」で有罪にしてしまう。
やっていない可能性が高いということで無罪になるというならわかりますが、「やった可能性があるから有罪」というのでは、誰でも有罪にできてしまいます。

村木厚子
posted by 小だぬき at 09:29 | 神奈川 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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