2026年07月15日

「れいわ消滅」は単なる“色物政党の退場劇”ではなかった… 山本太郎氏の軽挙妄動が政界にもたらした“重すぎる罪”

「れいわ消滅」は単なる“色物政党の退場劇”ではなかった… 山本太郎氏の軽挙妄動が政界にもたらした“重すぎる罪”
7/13(月) 東洋経済オンライン

 2013年の参議院選挙で当選を果たして以来、さまざまな話題を振りまき続けてきた、れいわ新選組の山本太郎前参院議員が7月9日、同党代表の辞任と政界引退を表明した。
自身が運転する自動車での制限速度超過による検挙や、持病の治療が理由だ。

 これを受けて、れいわは17日告示・31日開票の日程で代表選を行い新代表を選出するとともに、党名も変更して再出発することになる。

 ただ、もともと山本氏の強い個性と抜群の大衆アピール力で有権者の支持を得てきた、特異な政党だけに、山本氏不在の党再建は困難とみられている。
併せて、こうした「山本れいわ」の事実上の“消滅”が、政界での「革新左派」の総後退にもつながり、今後は老舗の共産党が孤塁死守を余儀なくされることになりそうだ。

■「自分の健康を取り戻すことが第1位」

 政界引退を表明した山本氏は、今年1月に病気治療に専念するとして参院議員を辞職した一方、代表職にはとどまっていた。しかし、山本氏が25年に大分市で制限速度を69km超える時速149kmで走行し、道路交通法違反で検挙されたことが発覚した。

 これを受けて同氏は7月9日に記者会見を開き、「大幅な速度超過を反省している。言い逃れできない」と謝罪したうえで、「自分の健康を取り戻すことが優先順位の第1位だ」と政界引退を表明した。

 併せて山本氏は、大石晃子共同代表(前衆院議員)や山本譲司幹事長(衆院議員)ら党執行部の解任を発表したほか、自らの後任を選出する代表選の日程なども公表。会見に同席した大石氏は離党を表明した。

 山本氏の政界での立ち位置の変遷を振り返ると、多くの転換点において独特の存在感を発揮してきた。

 政界入りに挑んだのは12年12月の衆院選で、東京8区から無所属で立候補。
反原発などを訴えて7万票余りを獲得したが、次点で落選。
これを踏まえて、翌13年7月の参院選では東京選挙区から無所属で立候補。
66万票余を獲得し、4位で初当選して政界入りした。

 その後、14年12月の衆院選では、東京8区から立候補した民主党の円より子への支援を表明したが、同氏は落選(石原伸晃氏が当選)。これを受けて、山本氏は選挙後に政党要件を失っていた生活の党(小沢一郎党首)に入党して政党要件を回復させるとともに、党名を「生活の党と山本太郎となかまたち」に改めさせた。

 さらに、16年10月に同党が「自由党」に党名変更したことに伴い、党籍を自由党に置いたまま、自身の政治団体「山本太郎となかまたち」から次期衆院選で比例東京ブロックでの候補者擁立を目指すことを表明したが、最終的には擁立を見送った。

■「山本れいわ」がもたらした光と影

 そして、19年4月に同年7月の参院選に向けて、自由党を離党して政治団体「れいわ新選組」を設立。
参院選比例区に立候補し、同区の全候補者で最多となる99万票余を獲得した。
このとき、山本氏以外のれいわの候補者2人が「特定枠」で優先して当選したため、山本氏は落選となったが、同党の得票率4.6%が政党要件を満たしたことで党代表に就任した。

 この参院選では、選挙期間中に山本氏の政見放送動画が84万回再生される一方、同氏の街頭演説の動画がSNSで大量にリツイートされた。
各メディアは「れいわフィーバー」「れいわ旋風」などと大々的に報じ、選挙後には複数の野党から連携を持ちかけられるなど、「中央政界でも注目される存在」(政治ジャーナリスト)となった。

 山本氏が病気療養の発表後に実施された年明けの衆院選でれいわは1議席を得たが、自民党の比例名簿不足がなければゼロ議席という惨敗を喫した。
その後は内部対立を露呈し、山本氏の不祥事に加えて、大石共同代表の極端な言動への批判も強まり、党運営が危ぶまれる状況に陥っていた。

 そうした中での、山本氏の代表辞任と政界引退、大石氏の共同代表辞任と離党、さらには党役員の総退陣と党名変更という一連の動きが起きた。
政界関係者の間では「『山本党』とされてきた、れいわの“実質的解党”」との見方が支配的だ。

 こうして「山本れいわ」は約7年間の政党活動を終えるが、山本氏の7月9日の記者会見での言動には批判や反発が相次いでいる。

 会見での質疑の中で、山本氏は「国会議員にはもうなりませんよ、ってことです。ハハハハッ、やめた!  やりません、もう」などと、深刻さをまったく感じさせない笑顔と軽薄ともとられかねない口調で引退を宣言。
これには、詰めかけた記者団も戸惑いを隠さなかった。

 れいわ設立時に「この国に生きる人々にお仕えし、お守りいたす」と悲壮感を漂わせて国政に挑む決意を表明した山本氏。政界関係者の多くは「そのカリスマ性と、軽妙だが真剣みあふれる話術が有権者の心に刺さり、れいわという新興政党の躍進につながった」(選挙アナリスト)と口をそろえる。

 7年間の活動を身近で支えてきた側近らは、山本氏の存在意義について「れいわを支持してきた有権者は、山本氏について『“左”や“右”の思想に関係なく、とにかく不満や鬱憤のたまった日常を打破し、私益私欲に走る政治家を懲らしめてくれる人物』と信じていた」と語る。

■れいわと参政党は「コインの表裏」

 政界の現状に視点を移すと、「山本氏にとって代わりつつあるのが、“超タカ派”の参政党・神谷宗幣代表」(政治ジャーナリスト)との声が少なくない。
神谷氏は「“日本人ファースト”を掲げ、大衆に“反エリート”を訴えかける点では、山本氏と共通している」(自民党長老)からだ。 

年明けの衆院選で、参政党は24年の3議席から15議席へ5倍増となり、衆院で5番目の中堅政党となった。
この躍進の要因について、政界では「山本氏を見限ったれいわ支持者を取り込んだ結果」(選挙アナリスト)との指摘が相次ぐ。

 こうしてみると、今回の「山本れいわの消滅」と「参政党大躍進」はコインの表裏の関係にも見え、政界総保守化に直結しつつある。

 政界は、保守派で知られる高市早苗首相(自民党総裁)の誕生から間もなく9カ月を迎える。
年明けの衆院選での自民党の歴史的大勝を受けて、自民党と日本維新の会の連立による高市政権は、今国会成立が確実視される皇室典範改正をはじめ、国旗損壊罪など数々の「国論を分断する“タカ派政策”」(自民党長老)の実現に突き進んでいるのが現状だ。

 そうした中での“れいわ消滅”をきっかけとする革新左派勢力の総後退は「中央政界のさらなる保守化につながる」(政治ジャーナリスト)ことは否定しようがない。
その一方で、「軍備拡大などによる“戦争ができる国”への道筋を危惧する国民の声が日増しに拡大している」(同)とされる。

 結果的に、山本氏の“軽挙妄動”の責任は小さくない。
今後は、政界と国民の意識の乖離に高市首相らがどう対応するかが日本の進路を占うカギとなりそうだ。

泉 宏 :政治ジャーナリスト
posted by 小だぬき at 06:00 | 神奈川 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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