【村木厚子さん】もしも”えん罪逮捕”されたら「そこから無罪になるのはものすごく大変」拘置所での164日が支援団体立ち上げのきっかけに【
4/12(日) RSK山陽放送
2009年の郵便不正事件でえん罪逮捕されるも、その後復職し厚生労働事務次官を務めた村木厚子さんが、RSKのラジオ番組で語りました。(2026年3月17日放送)
村木さんは、自らの経験をもとに刑事司法について考え、著書『驚きの刑事司法』にまとめています。
■もしも”えん罪逮捕”されたら、そこから無罪になるのはものすごく大変
――著書『驚きの刑事司法』という本は、どういう内容の本なのですか?
(村木厚子さん)
「一般市民の人に、今の日本の刑事司法、もしあなたが間違えて逮捕されたら、そのあとそこから無罪になるのは相当大変ですよ、というのを、まず知ってもらうというのと、今聞いてくださったみたいに、なんでそんなことになっているのかというと、国民にも責任ありますよっていう
やっぱり間違えるとものすごい叩く、そこにも原因がありますよということを知ってもらうために、一般の方向けに刑事司法の話を書いてみました」
――なかなか一般の方にはそういう単語も含めて、日本の刑事司法に問題があるというのがあんまり知られていないですよね。
(村木厚子さん)
「そうですね。私自身も自分が逮捕されるまで、ものすごく無関心だったと思って反省しました。
それから、私がこういう経験をしたということで、最近いろいろな企業の方で自分たちが巻き込まれて被疑者、被告人になった人たちが会いに来られるんですよ。
皆さんまったく同じことを言われて、『日本の刑事司法がこんなことになっているとは知りませんでした』と。
これを早く皆さんに伝えないといけないですって、皆さん口をそろえておっしゃるので。それもあって、本を出すことにしたという感じですかね」
■メディアの役割 関心をつなげるためには
――私は自分も含めてやっぱりメディアの責任というか。
普段から日本の刑事司法をどうしたらいいんだっていうことについて、やっぱり日本のメディアも少し報道が少ないと思いますね。村木さんから見られてどうですか。
(村木厚子さん)
「そうですね。法制審のときはかなり報道していただきましたけど、そのあとの協議会とか研究会とか、やっぱりほとんど報道がないですよね。そこはちょっとつらいとこですね」
――村木さんが郵便不正事件で問われたときは、その特捜部の主任検事が証拠を改ざんしてそれを隠したと言って、大阪、大阪地検特捜部の部長、副部長というもうピカピカの人たちがみんな逮捕されたという。
世の中に衝撃が走って、それをきっかけに、村木さんをはじめ先ほどおっしゃっていた5人の一般目線の方を入れて改革しようとしたのに、それもうまくいってないという。
日本のよくあるパターンですが、そのときは大騒ぎするけどなかなか続かない。
それをメディアもフォローしないという。このあまり良くない連鎖が、ずっと今も続いてるという感じですね。
(村木厚子さん)
「そうですね。なんか事件が起こるたびに1回盛り上がるんですけど、法律を変えてというところまでいくと、かなり長期戦なので。その間こう関心が長続きしないというのは辛いところですよね」
■元厚生労働事務次官 国と向き合うことの難しさ
――村木さんは、厚生労働事務次官と、いわゆる官僚のトップまでいったのに、刑事司法改革について、今は国と向き合っているということですが、そこの難しさみたいなものはないのでしょうか。
(村木厚子さん)
「そうですね。でも、事件が終わったあと、ひどい取り調べがあったということで一回国を訴えたんですよね。
相当自分としても抵抗はありましたけど、でも、やっぱり誰か戦えるときに戦わないとそのままになってしまいますよね」
■拘置所での164日が支援団体立ち上げのきっかけに
――退官されたあとに、障害者の方を支援する共生社会を作る愛の基金から始まって、若い女性を支援する「若草プロジェクト」とかもいろいろと始められました。
そこについては、どういった思いで始められたのですか。
(村木厚子さん)
「拘置所に164日いると、受刑者の人たちとも結構すれ違ったり、様子を見たりすることが多いわけですよね。
で、そうすると最初は怖かったんですよ。
悪い人たち、怖い人たちとすれ違わなきゃいけないっていうのが。でも慣れてくると、どこかで見たことがある人だという、むしろ福祉の現場で見たことがある人たちに近い人が多いんですよ。
高齢の方、この人障害あるなとか、それから、何かこうハンディキャップがあったり生きづらさ抱えてたという人が多くて、すぐに怖くなくなっちゃったんですよね。
取調べの検事さんからも、僕たち正月前は忙しいんですよって。
お正月ここで、刑務所の中で過ごしたい人が多いからと言われて。結構衝撃でしたね」
――そういう衝撃を受けたとしても、自分でいろいろな組織、団体を立ち上げて自ら先頭に立って変えようという行動には、なかなかつながらないと思います。そこの一歩につながったっていう、一番大きな理由は何でしょうか。
(村木厚子さん)
「これ全然立派じゃない話で、国を訴えたときに、裁判に勝って手元に3,333万円残ったんですよ」
――「私の履歴書」の中でも書いていらっしゃいましたよね。
こんなにすぐ認諾(民事訴訟で、被告が原告の請求を全面的に正しいと認め、その時点で裁判を終了させる手続き)で国が認めるなら、もっとお金を請求すればよかったみたいな。
(村木厚子さん)
「認めにくい金額にしておけばよかったんです。
もう弁護団と一緒に、『しまった』と。
税金じゃないですか、そのお金の元って。これはもう使えないわと思って寄付して、障害がある方で罪に問われた人の支援を、ものすごくしっかりやってくださってる南高愛隣会っていう社会福祉法人に寄付して活動を始めてもらったんですね。だからそんなに立派な理由でもなく」
■「若草プロジェクト」そして「I & Others」広がる支援
(村木厚子さん)
「拘置所にいる間、ご飯を運んでくれるのが女性の受刑者だったんですよ。
ほんとに真面目でかわいい、若い子ばっかりで、なんでここまで来ちゃったって思うじゃないですか。
その手前でできることをということで、瀬戸内寂聴さんに声を掛けていただいたときに『若草プロジェクト』が始まるということなので。本当にいろんなことをやってくださったり、声掛けてくださる方がいて、こういう活動がスタートしました」
―― なるほど。それで去年の2月、もう一歩進んでそういった支援が必要な人たちとその支援する側の企業とを結び付ける一般社団法人を新たに立ち上げられたんですよね。これはどのような活動をされているんですか。
(村木厚子さん)
「若草プロジェクトをやっているときに、こんなマイナーな問題を随分応援してくださる企業があるというのが分かってですね。
そしたら女の子向けにやってる企業さんのほうから、『子どもの靴だってあるんだよ』とか、『男性用のお洋服もあるよ』とか、いろいろ声を掛けていただけるようになって。
つなぐだけだったら別に若い女の子と言わなくてもお役に立てるっていうのが分かって。
対象限定せずに、NPOとかいろんな支援の現場で頑張っている方たちと、いろんな物資、資源を持ってらっしゃる企業さんをつなぐ活動を独立して立ち上げてみようっていうことで、I & Othersという法人を立ち上げました」
――その趣旨に賛同した多くの企業をはじめ、いろいろな人がつながってきているんですか?
(村木厚子さん)
「そうですね。でもまだ、去年(2025年)立ち上げてですね、メンバー4人でやっているので、本当はいろいろな企業を訪問してお願いに行かなければいけないんですけど。少しずつ少しずつ、仲間が増えてるっていう感じですかね」
■地域共生社会 地方で必要なつながりとは
――地域全体でつながり、支え合うという地域共生社会の実現。
この岡山などの地方に今必要なことはどのようなことだと思われますか。
(村木厚子さん)
「もちろん社会保障の制度は大事ですし、これからもちゃんと大事にしていかなければいけないと思うんですけど、制度ってやっぱり限界があるんですね。
対象は誰だとかって、どうやっても縦割りになりがちだし、狭間ができるし。
それを補っていけるのは、やっぱり住民同士の助け合いだったり、地域で自分たちで作る仕組みっていうところがないと、制度だけでは幸せに暮らせないかなというのがだんだん見えてきたと思うんですよね。
だから地域共生社会というのをみんなが言うようになったのはそういうところだと思います。
市ひとりひとりのパワーが、最後はすごく大事かなというのは思いますね」

