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    <title>小だぬきのつれづれ日記</title>
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    <description>「ウツ病との共生」を目指しH20年度末で小学校教諭を退職しました。毎日感じたこと・思ったことをカメの歩みですが書きたいです。</description>
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    <itunes:summary>「ウツ病との共生」を目指しH20年度末で小学校教諭を退職しました。 毎日感じたこと・思ったことをカメの歩みですが書きたいです。  </itunes:summary>
    <itunes:keywords>うつ、健康、生活、社会、政治、教育、共産党、自民党、自衛隊、秘密保護法、消費税、原発、貧困、廃炉、戦争、選挙、精神、病気、葬儀、相続、尊厳死、福祉、脱原発、
平和、憲法、被災、憲法、年金、共謀罪、市民革命、警察、警備・公安、対米従属、育児</itunes:keywords>
    
    <itunes:author>小だぬき</itunes:author>
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      <link>https://hoteiharatanuki.seesaa.net/article/520658666.html</link>
      <title>現役ホステスが教える『会話でボロが出てしまう人』の特徴</title>
      <pubDate>Tue, 12 May 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>現役ホステスが教える『会話でボロが出てしまう人』の特徴2026.5.10 TRILL News会話には、人の内面がにじみ出ます。取り繕うとしても、ふとした一言や反応で本音や器の大きさが見えてしまうものです。今回は、年間1,000人以上の男女を接客し多くの恋愛相談に乗ってきた関西人ホステスMOMOが、会話でボロが出てしまう人の特徴について解説します。MOMOからのアドバイス初対面や距離が縮まりかけたタイミングほど、ボロが出やすい。会話でボロが出てしまう人の特徴は「話を盛りすぎる..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
現役ホステスが教える『会話でボロが出てしまう人』の特徴2026.5.10 TRILL News
会話には、人の内面がにじみ出ます。取り繕うとしても、ふとした一言や反応で本音や器の大きさが見えてしまうものです。
今回は、年間1,000人以上の男女を接客し多くの恋愛相談に乗ってきた関西人ホステスMOMOが、会話でボロが出てしまう人の特徴について解説します。
MOMOからのアドバイス
初対面や距離が縮まりかけたタイミングほど、ボロが出やすい。
会話でボロが出てしまう人の特徴は「話を盛りすぎる」「相手によって態度が変わる」「余裕がなく否定から入る」の3つ。
それぞれ詳しく解説するね。
1. 話を盛りすぎる
1つ目は、話を盛りすぎること。
自分を大きく見せたい気持ちはあっても、話を重ねるほど辻褄が合わなくなり違和感が残る。聞き手は、細かいズレを意外と覚えているもの。結果として「信用できない」と思われやすい。
2. 相手によって態度が変わる
2つ目は、相手によって態度が変わること。
店員さんや立場の弱い人への接し方、興味のない相手への雑な返しなど、会話の端々に出てしまうもの。誰に対しても一定の態度ができへん人は、人間性を疑われやすい。
3. 余裕がなく否定から入る
3つ目は、余裕がなく否定から入ること。
相手の話に対して「いや」「でも」と被せる癖は、無意識でも大きく印象を下げてしまう。会話は、勝ち負けではなくキャッチボール。余裕がないと、魅力がないように見えてしまう。
アドバイスまとめ
現役ホステスが教える「会話でボロが出てしまう人の特徴」には、次の3つがあります。
●話を盛りすぎる
●相手によって態度が変わる
●余裕がなく否定から入る
会話のボロは、テクニックではなく日頃の思考や姿勢に表れます。
取り繕うことより、普段から誠実さや余裕を持つことが一番の対策かもしれません。
文：MOMO／ライター<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
<div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>現役ホステスが教える『会話でボロが出てしまう人』の特徴</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>2026.5.10 TRILL News</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>会話には、人の内面がにじみ出ます。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>取り繕うとしても、ふとした一言や反応で本音や器の大きさが見えてしまうものです。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>今回は、年間1,000人以上の男女を接客し多くの恋愛相談に乗ってきた関西人ホステスMOMOが、会話でボロが出てしまう人の特徴について解説します。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #ff6600; font-size: 12pt;"><strong>MOMOからのアドバイス</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>初対面や距離が縮まりかけたタイミングほど、ボロが出やすい。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>会話でボロが出てしまう人の特徴は「話を盛りすぎる」「相手によって態度が変わる」「余裕がなく否定から入る」の3つ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>それぞれ詳しく解説するね。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>1. 話を盛りすぎる</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>1つ目は、話を盛りすぎること。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>自分を大きく見せたい気持ちはあっても、話を重ねるほど辻褄が合わなくなり違和感が残る。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>聞き手は、細かいズレを意外と覚えているもの。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>結果として「信用できない」と思われやすい。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>2. 相手によって態度が変わる</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>2つ目は、相手によって態度が変わること。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>店員さんや立場の弱い人への接し方、興味のない相手への雑な返しなど、会話の端々に出てしまうもの。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>誰に対しても一定の態度ができへん人は、人間性を疑われやすい。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>3. 余裕がなく否定から入る</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>3つ目は、余裕がなく否定から入ること。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>相手の話に対して「いや」「でも」と被せる癖は、無意識でも大きく印象を下げてしまう。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>会話は、勝ち負けではなくキャッチボール。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>余裕がないと、魅力がないように見えてしまう。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #ff6600; font-size: 14pt;"><strong>アドバイスまとめ</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>現役ホステスが教える「会話でボロが出てしまう人の特徴」には、次の3つがあります。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>●話を盛りすぎる</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>●相手によって態度が変わる</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>●余裕がなく否定から入る</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>会話のボロは、テクニックではなく日頃の思考や姿勢に表れます。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>取り繕うことより、普段から誠実さや余裕を持つことが一番の対策かもしれません。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>文：MOMO／ライター</strong></span></div><a name="more"></a>

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            <category>社会・政治</category>
      <author>小だぬき</author>
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                </item>
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      <title>「この人、痴漢です！」そのひと言で人生崩壊…証拠ゼロでも実刑になる痴漢冤罪の恐怖</title>
      <pubDate>Mon, 11 May 2026 09:29:53 +0900</pubDate>
            <description>「この人、痴漢です！」そのひと言で人生崩壊…証拠ゼロでも実刑になる痴漢冤罪の恐怖5/11(月) ダイヤモンド・オンライン　通勤などで公共交通機関を利用する男性なら誰でも当事者になってしまう可能性がある「痴漢冤罪」。被害者の証言だけを鵜呑みにした冤罪事件はなぜ起きてしまうのか。2009年の「郵便不正事件」で自身も冤罪に苦しんだ著者が、現在の刑事裁判が抱える問題を指摘する。※本稿は、全国社会福祉協議会会長の村木厚子『おどろきの刑事司法 “犯罪者”の作り方』（講談社）の一部を抜粋・..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
「この人、痴漢です！」そのひと言で人生崩壊…証拠ゼロでも実刑になる痴漢冤罪の恐怖5/11(月) ダイヤモンド・オンライン
　通勤などで公共交通機関を利用する男性なら誰でも当事者になってしまう可能性がある「痴漢冤罪」。被害者の証言だけを鵜呑みにした冤罪事件はなぜ起きてしまうのか。2009年の「郵便不正事件」で自身も冤罪に苦しんだ著者が、現在の刑事裁判が抱える問題を指摘する。※本稿は、全国社会福祉協議会会長の村木厚子『おどろきの刑事司法 “犯罪者”の作り方』（講談社）の一部を抜粋・編集したものです。
●　「この人、痴漢です！」 不可抗力の接触にさえ要注意
　東京都の迷惑防止条例では、第5条で、「何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為」をしてはならないとし、その行為として、「1 公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること」を規定しています。
　この規定に違反すると、6カ月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金に処されます（常習の場合は1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金）。他の地方公共団体にも同様の趣旨の規定があり、それに対する刑事罰が適用されています。
　なお、「拘禁刑」とは、従来の懲役刑と禁錮刑の総称です。2025年6月施行の改正刑法でこの名称に統一されました。
　対象とされる行為は、痴漢事件で多発している「揉む」「撫でまわす」といった行為だけではありません。自分の身体の一部が他人の身体に触れただけでも、「人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせる」ものであれば、条例に抵触することになります。
　もちろん、電車やバスが激しく揺れてたまたま近くに居合わせた人の身体に倒れかかってしまったとか、手の甲などが触れてしまった場合、あるいは、荷物を持ち替えたりする際に肘などが隣の人の身体に触れた場合などは、不可抗力または過失になるので、処罰の対象になりません。
　でも、相手が故意だと感じて「この人、痴漢です！」と叫ぶようなケースも、ないとは言えません。ラッシュ時間帯の電車やバスの中では、周りの人たちとの身体的接触を避けることが難しいので、十分に注意するほかありません。
●　“被害者証言”を裁判官が鵜呑みにした 「防衛医大教授痴漢冤罪事件」
　2006年4月、東京都世田谷区内を走行中の小田急線車内で、女子高生の下着（パンティ）の中に手を入れ下半身を触ったとして、防衛医科大学校教授のNさん（当時60歳）が強制わいせつ罪で逮捕・起訴されました。
　逮捕直後に行われた繊維鑑定の結果では、Nさんの手指から女子高生が着用していた下着の繊維は検出されていません。
　被害を訴えた女子高生は、「左手で執拗に触られた」「満員電車で痴漢行為を避けることができなかった」などと証言しましたが、痴漢にあってから途中の停車駅で一度電車を降りたのに、再び同じ車両に乗ってNさんの隣に立っていたなど、不自然な点もあります。
　Nさんは一貫して容疑を否認していましたが、東京地裁は、「一度は電車を降りたが、乗客に押されたためNの隣に立った」などとする女子高生の証言だけを根拠に、懲役1年10カ月の実刑判決を下しました。
　控訴審から弁護を担当した秋山賢三弁護士らは、原判決の問題点を指摘する再現実験を3通り行い、それをDVD化して東京高裁に提出しました。
　当時、痴漢事件で無罪を争うには、再現実験とその映像がないと物足りないと思われるぐらい主流になっていました。
　痴漢事件の裁判は、被害を訴えている人の証言と、被告人の証言の、どちらが信用できるかで判断されがちです。
　信用度の比較という形で判断する際、再現実験の結果はきわめて重要です。再現してみないとわからないことは、たくさんあるのです。
　けれど、それはとても大変な作業です。撮影スタジオに設置する電車のセットは、証明する内容によっては再現性を高めるため、床、壁、ドア、窓などをすべて事件当時の電車と同じ寸法にし、座席や吊り革なども正確に再現しなければなりません。
●　弁護側が自費で再現映像を 作らなければならない
　事件当日と同じ時間帯の車内の混雑状況、乗客の動き、停車駅での乗降客の流れなども忠実に再現したうえで、痴漢行為の様子を撮影しなければなりません。支援者の協力も必要だし、お金も相当かかります。
　再現映像に対して、たいていの検察官は「実際の電車でもないし、状況の再現などできるわけがない」と強硬に反論しますが、弁護側が実際の満員電車の中で再現映像を撮れるわけがなく、できるとしたら捜査機関しかありません。
　そもそも、検察には被告人の有罪を立証する義務があります。自分たちがやるべき仕事をせず、弁護側に無罪立証させるなど本末転倒もはなはだしい。
　裁判官も、再現映像を弁護側反証の当たり前のツールとして考えているのだとしたら、由々しき話です。弁護側が再現映像を作らなければならない現実が間違っているのです。
　しかも裁判所は、「再現映像は本件の状況を忠実に再現したものとは認定できず、証拠として採用することはできない」などと言って、不当に過小評価します。
　Nさんの控訴審もそうでした。東京高裁は、再現実験の結果よりも女子高生の証言のほうが信用できるとして、控訴棄却としたのです。
　こうして迎えた上告審。2009年4月14日、最高裁第三小法廷は、一、二審の有罪判決を破棄し、痴漢事件としては最高裁初の逆転無罪判決を下しました。
　原審に差し戻さず、上級裁判所が自ら判決を下すことを「自判」といい、原判決を破棄しなければ明らかに正義に反すると認められる場合に、事件をより迅速に解決させるために行われます。
●　刑事裁判の原則を逸脱した 判決が多い痴漢事件
　判決は3対2という僅差での無罪でしたが、Nさんが一貫して犯行を否認していること、有罪を裏付けるのは被害を訴えている女子高生の供述のみであること、彼女の供述には不自然な点があり信用性に疑いの余地があることなどを挙げ、Nさんの犯行とするには合理的な疑い（通常人なら誰でもが抱く疑問）が残るとされました。
　一、二審の判断について「必要とされる慎重さを欠く」と指摘した、明解な判決でした。
　この最高裁判決で特筆すべき点は、弁護士出身の那須弘平裁判官が、次のような補足意見を述べたことです。
　「冤罪で国民を処罰するのは国家による人権侵害の最たるものであり、これを防止することは刑事裁判における最重要課題の1つである。刑事裁判の鉄則ともいわれる『疑わしきは被告人の利益に』の原則も、有罪判断に必要とされる『合理的な疑いを超えた証明』の基準の理論も、突き詰めれば冤罪防止のためのものであると考えられる」
　「痴漢事件について冤罪が争われている場合に、被害者とされる女性の公判での供述内容について、『詳細かつ具体的』『迫真的』『不自然・不合理な点がない』などという一般的・抽象的な理由により信用性を肯定して有罪の根拠とする例は、公表された痴漢事件関係判決例をみただけでも少なくなく（中略）、被害者女性の供述がそのようなものであっても、他にその供述を補強する証拠がない場合について有罪の判断をすることは、『合理的な疑いを超えた証明』に関する基準の理論との関係で、慎重な検討が必要であると考える」
　つまり、当時の痴漢事件の裁判には、「疑わしきは被告人の利益に」「合理的な疑いを超えた証明」（常識に照らして、被告人が罪を犯したことに疑問の余地がいっさいなくなるほどの有罪立証）という刑事裁判の原則を逸脱した判決が、かなりあったということです。
●　警察と検察の横暴が露呈した 「三鷹バス痴漢冤罪事件」
　こうした裁判の在り方に、那須さんは警鐘を鳴らし、これらの原則は当然ながら痴漢事件にも当てはまることを明確に述べたのでした。
　防衛医大教授痴漢冤罪事件での最高裁判決や「那須補足意見」には、大きなインパクトがありました。
　映画『それでもボクはやってない』（編集部注/痴漢冤罪を題材とした2007年公開の周防正行監督作品）が喚起した世論と相まって、痴漢事件については「人質司法」（編集部注/罪を認めない被疑者や被告人に、自白を引き出す目的で長期間の勾留を継続）が運用されなくなっていき、秋山賢三弁護士も裁判所の対応の変化を歓迎していました。
　しかし、それ以後も依然として、「無罪推定」「合理的な疑いを超えた証明」という刑事裁判の原則を逸脱した判決は出ています。
　たとえば、2011年に起きた三鷹バス痴漢冤罪事件。走行中のバスの車内で女子高生のスカートの上からお尻を触ったという身に覚えのない罪で、東京都三鷹市の中学校教諭Tさん（当時27歳）が、東京都迷惑防止条例違反の現行犯で逮捕・起訴された事件です。
　逮捕直後に警察署が実施した鑑定では、Tさんの手指から「触った」とされる女子高生が着用していたスカートの繊維は検出されなかったにもかかわらず、警察官は自白を強要し、検察官は「認めないなら出さない」と「人質司法」をちらつかせました。
　年末に逮捕されたTさんは警察の留置場で年を越し、逮捕から28日後に、250万円の保釈金を払ってようやく留置場から出ることができました。
　弁護士が粘り強く検察と交渉し、バスの車載カメラの映像を開示させて分析したところ、「触った」とされる時間帯に、Tさんがリュックサックを身体の前（お腹側）にかけて立ち、左手で吊り革をつかみ、右手で携帯電話のメールを打っている姿が記録されていました。
●　「可能性」だけで有罪という 耳を疑う不合理な判決
　同時刻に相手に送られたメールの通信記録も残っています。「痴漢」の証拠は、女子高生の証言以外にはありませんでした。
　ところが、13年5月に下った一審・東京地裁立川支部の判決は、求刑通り罰金40万円の有罪でした。
　倉澤千巌裁判官は、証拠として提出された車載カメラの映像に、バスが大きく揺れたためTさんが吊り革をつかんでいた左手が映っていないわずかな時間があったことを理由に、「車載カメラの死角に入った瞬間、女子高生に触った可能性がある」としたのです。
　揺れるバスの車内で吊り革につかまらず、右手で携帯電話を操作しながら、左手で痴漢行為をすることについては、「容易とは言えないけれども、不可能とか著しく困難とまでは言えない」と認定しました。
　「那須補足意見」が出てもなお、このような不合理な「可能性」だけで有罪判決を下す裁判官がいることに、驚きを禁じ得ません。
　Tさんは当然、控訴しました。弁護団は、一審で車載カメラ映像を鑑定したH教授（映像解析の専門家）に、映像を鮮明化処理したうえでの再鑑定を依頼。
　H教授は、「一審段階で不明とされた時間帯にも、Tさんの左手は吊り革をつかんでいたことが確認できる」「バスが揺れている時にTさんのリュックが女子高生に当たっている」との結果を出し、法廷で二度証言しました。
　控訴審判決は14年7月15日にありました。東京高裁（河合健司裁判長）は、再鑑定結果の信用性を認め、「左手で痴漢行為をしたとは認めがたい」と判断し、一審判決の認定を、「不合理」「論理の飛躍がある」「明らかな事実の誤認がある」などと全面的に批判して破棄。
●　誰でも犯罪者にしてしまえる 「有罪推定」に警鐘を鳴らす
　「女子高生がリュックの接触を痴漢行為と勘違いした疑いがある」とするTさんの主張を採用し、無罪判決を下しました。
　検察は上告せず、Tさんの無罪が確定。Tさんは次のように語っています。
　「自分が被害者だと思い込んでしまったために、他人の人生をむちゃくちゃにしてしまったという重荷を背負うことになった女子高生も気の毒です。警察、検察、裁判所にはちゃんと正しい判断をしてもらいたい。誰が読んでも納得できる理路整然とした判決を出せる裁判官が広がって、私のような思いをしない人が増えてほしい」
　三鷹バス痴漢冤罪事件のように、リュックや鞄などの接触を痴漢と勘違いしてしまうのは、ある程度はしかたのないことかもしれません。
　しかし、被害を申告した人の証言を鵜呑みにし、それと食い違うことを被告人が言うと「信用性がない」として、事実誤認の有罪判決を出す裁判官がいることは重大な問題です。
　このことからも、「検察が起訴しているから間違いないだろう」と思っている裁判官が多いことは容易に想像がつきます。
　ことに痴漢事件の場合、有罪の理由に「被害者が嘘をついてまで被告人をあえて罪に陥れる理由はない」といった文言を相変わらず多用しているところを見ると、明らかに「有罪推定」なのだと思います。
　やったという確証がない限り有罪にできないはずなのに、三鷹バス痴漢冤罪事件の一審判決のように、「可能性」で有罪にしてしまう。やっていない可能性が高いということで無罪になるというならわかりますが、「やった可能性があるから有罪」というのでは、誰でも有罪にできてしまいます。
村木厚子<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
<div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「この人、痴漢です！」そのひと言で人生崩壊…証拠ゼロでも実刑になる痴漢冤罪の恐怖</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>5/11(月) ダイヤモンド・オンライン</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　通勤などで公共交通機関を利用する男性なら誰でも当事者になってしまう可能性がある「痴漢冤罪」。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>被害者の証言だけを鵜呑みにした冤罪事件はなぜ起きてしまうのか。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>2009年の「郵便不正事件」で自身も冤罪に苦しんだ著者が、現在の刑事裁判が抱える問題を指摘する。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 10pt;"><strong>※本稿は、全国社会福祉協議会会長の村木厚子『おどろきの刑事司法 “犯罪者”の作り方』（講談社）の一部を抜粋・編集したものです。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>●　「この人、痴漢です！」 不可抗力の接触にさえ要注意</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　東京都の迷惑防止条例では、第5条で、「何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為」をしてはならないとし、その行為として、「1 公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること」を規定しています。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　この規定に違反すると、6カ月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金に処されます（常習の場合は1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金）。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>他の地方公共団体にも同様の趣旨の規定があり、それに対する刑事罰が適用されています。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　なお、「拘禁刑」とは、従来の懲役刑と禁錮刑の総称です。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>2025年6月施行の改正刑法でこの名称に統一されました。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　対象とされる行為は、痴漢事件で多発している「揉む」「撫でまわす」といった行為だけではありません。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>自分の身体の一部が他人の身体に触れただけでも、「人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせる」ものであれば、条例に抵触することになります。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　もちろん、電車やバスが激しく揺れてたまたま近くに居合わせた人の身体に倒れかかってしまったとか、手の甲などが触れてしまった場合、あるいは、荷物を持ち替えたりする際に肘などが隣の人の身体に触れた場合などは、不可抗力または過失になるので、処罰の対象になりません。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　でも、相手が故意だと感じて「この人、痴漢です！」と叫ぶようなケースも、ないとは言えません。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ラッシュ時間帯の電車やバスの中では、周りの人たちとの身体的接触を避けることが難しいので、十分に注意するほかありません。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>●　“被害者証言”を裁判官が鵜呑みにした 「防衛医大教授痴漢冤罪事件」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　2006年4月、東京都世田谷区内を走行中の小田急線車内で、女子高生の下着（パンティ）の中に手を入れ下半身を触ったとして、防衛医科大学校教授のNさん（当時60歳）が強制わいせつ罪で逮捕・起訴されました。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　逮捕直後に行われた繊維鑑定の結果では、Nさんの手指から女子高生が着用していた下着の繊維は検出されていません。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　被害を訴えた女子高生は、「左手で執拗に触られた」「満員電車で痴漢行為を避けることができなかった」などと証言しましたが、痴漢にあってから途中の停車駅で一度電車を降りたのに、再び同じ車両に乗ってNさんの隣に立っていたなど、不自然な点もあります。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　Nさんは一貫して容疑を否認していましたが、東京地裁は、「一度は電車を降りたが、乗客に押されたためNの隣に立った」などとする女子高生の証言だけを根拠に、懲役1年10カ月の実刑判決を下しました。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　控訴審から弁護を担当した秋山賢三弁護士らは、原判決の問題点を指摘する再現実験を3通り行い、それをDVD化して東京高裁に提出しました。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　当時、痴漢事件で無罪を争うには、再現実験とその映像がないと物足りないと思われるぐらい主流になっていました。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　痴漢事件の裁判は、被害を訴えている人の証言と、被告人の証言の、どちらが信用できるかで判断されがちです。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　信用度の比較という形で判断する際、再現実験の結果はきわめて重要です。再現してみないとわからないことは、たくさんあるのです。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　けれど、それはとても大変な作業です。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>撮影スタジオに設置する電車のセットは、証明する内容によっては再現性を高めるため、床、壁、ドア、窓などをすべて事件当時の電車と同じ寸法にし、座席や吊り革なども正確に再現しなければなりません。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>●　弁護側が自費で再現映像を 作らなければならない</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　事件当日と同じ時間帯の車内の混雑状況、乗客の動き、停車駅での乗降客の流れなども忠実に再現したうえで、痴漢行為の様子を撮影しなければなりません。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>支援者の協力も必要だし、お金も相当かかります。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　再現映像に対して、たいていの検察官は「実際の電車でもないし、状況の再現などできるわけがない」と強硬に反論しますが、弁護側が実際の満員電車の中で再現映像を撮れるわけがなく、できるとしたら捜査機関しかありません。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　そもそも、検察には被告人の有罪を立証する義務があります。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>自分たちがやるべき仕事をせず、弁護側に無罪立証させるなど本末転倒もはなはだしい。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　裁判官も、再現映像を弁護側反証の当たり前のツールとして考えているのだとしたら、由々しき話です。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>弁護側が再現映像を作らなければならない現実が間違っているのです。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　しかも裁判所は、「再現映像は本件の状況を忠実に再現したものとは認定できず、証拠として採用することはできない」などと言って、不当に過小評価します。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　Nさんの控訴審もそうでした。東京高裁は、再現実験の結果よりも女子高生の証言のほうが信用できるとして、控訴棄却としたのです。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　こうして迎えた上告審。2009年4月14日、最高裁第三小法廷は、一、二審の有罪判決を破棄し、痴漢事件としては最高裁初の逆転無罪判決を下しました。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　原審に差し戻さず、上級裁判所が自ら判決を下すことを「自判」といい、原判決を破棄しなければ明らかに正義に反すると認められる場合に、事件をより迅速に解決させるために行われます。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>●　刑事裁判の原則を逸脱した 判決が多い痴漢事件</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　判決は3対2という僅差での無罪でしたが、Nさんが一貫して犯行を否認していること、有罪を裏付けるのは被害を訴えている女子高生の供述のみであること、彼女の供述には不自然な点があり信用性に疑いの余地があることなどを挙げ、Nさんの犯行とするには合理的な疑い（通常人なら誰でもが抱く疑問）が残るとされました。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　一、二審の判断について「必要とされる慎重さを欠く」と指摘した、明解な判決でした。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　この最高裁判決で特筆すべき点は、弁護士出身の那須弘平裁判官が、次のような補足意見を述べたことです。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　「冤罪で国民を処罰するのは国家による人権侵害の最たるものであり、これを防止することは刑事裁判における最重要課題の1つである。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>刑事裁判の鉄則ともいわれる『疑わしきは被告人の利益に』の原則も、有罪判断に必要とされる『合理的な疑いを超えた証明』の基準の理論も、突き詰めれば冤罪防止のためのものであると考えられる」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　「痴漢事件について冤罪が争われている場合に、被害者とされる女性の公判での供述内容について、『詳細かつ具体的』『迫真的』『不自然・不合理な点がない』などという一般的・抽象的な理由により信用性を肯定して有罪の根拠とする例は、公表された痴漢事件関係判決例をみただけでも少なくなく（中略）、被害者女性の供述がそのようなものであっても、他にその供述を補強する証拠がない場合について有罪の判断をすることは、『合理的な疑いを超えた証明』に関する基準の理論との関係で、慎重な検討が必要であると考える」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　つまり、当時の痴漢事件の裁判には、「疑わしきは被告人の利益に」「合理的な疑いを超えた証明」（常識に照らして、被告人が罪を犯したことに疑問の余地がいっさいなくなるほどの有罪立証）という刑事裁判の原則を逸脱した判決が、かなりあったということです。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>●　警察と検察の横暴が露呈した 「三鷹バス痴漢冤罪事件」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　こうした裁判の在り方に、那須さんは警鐘を鳴らし、これらの原則は当然ながら痴漢事件にも当てはまることを明確に述べたのでした。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　防衛医大教授痴漢冤罪事件での最高裁判決や「那須補足意見」には、大きなインパクトがありました。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　映画『それでもボクはやってない』（編集部注/痴漢冤罪を題材とした2007年公開の周防正行監督作品）が喚起した世論と相まって、痴漢事件については「人質司法」（編集部注/罪を認めない被疑者や被告人に、自白を引き出す目的で長期間の勾留を継続）が運用されなくなっていき、秋山賢三弁護士も裁判所の対応の変化を歓迎していました。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　しかし、それ以後も依然として、「無罪推定」「合理的な疑いを超えた証明」という刑事裁判の原則を逸脱した判決は出ています。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　たとえば、2011年に起きた三鷹バス痴漢冤罪事件。走行中のバスの車内で女子高生のスカートの上からお尻を触ったという身に覚えのない罪で、東京都三鷹市の中学校教諭Tさん（当時27歳）が、東京都迷惑防止条例違反の現行犯で逮捕・起訴された事件です。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　逮捕直後に警察署が実施した鑑定では、Tさんの手指から「触った」とされる女子高生が着用していたスカートの繊維は検出されなかったにもかかわらず、警察官は自白を強要し、検察官は「認めないなら出さない」と「人質司法」をちらつかせました。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　年末に逮捕されたTさんは警察の留置場で年を越し、逮捕から28日後に、250万円の保釈金を払ってようやく留置場から出ることができました。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　弁護士が粘り強く検察と交渉し、バスの車載カメラの映像を開示させて分析したところ、「触った」とされる時間帯に、Tさんがリュックサックを身体の前（お腹側）にかけて立ち、左手で吊り革をつかみ、右手で携帯電話のメールを打っている姿が記録されていました。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>●　「可能性」だけで有罪という 耳を疑う不合理な判決</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　同時刻に相手に送られたメールの通信記録も残っています。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「痴漢」の証拠は、女子高生の証言以外にはありませんでした。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　ところが、13年5月に下った一審・東京地裁立川支部の判決は、求刑通り罰金40万円の有罪でした。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　倉澤千巌裁判官は、証拠として提出された車載カメラの映像に、バスが大きく揺れたためTさんが吊り革をつかんでいた左手が映っていないわずかな時間があったことを理由に、「車載カメラの死角に入った瞬間、女子高生に触った可能性がある」としたのです。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　揺れるバスの車内で吊り革につかまらず、右手で携帯電話を操作しながら、左手で痴漢行為をすることについては、「容易とは言えないけれども、不可能とか著しく困難とまでは言えない」と認定しました。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　「那須補足意見」が出てもなお、このような不合理な「可能性」だけで有罪判決を下す裁判官がいることに、驚きを禁じ得ません。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　Tさんは当然、控訴しました。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>弁護団は、一審で車載カメラ映像を鑑定したH教授（映像解析の専門家）に、映像を鮮明化処理したうえでの再鑑定を依頼。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　H教授は、「一審段階で不明とされた時間帯にも、Tさんの左手は吊り革をつかんでいたことが確認できる」「バスが揺れている時にTさんのリュックが女子高生に当たっている」との結果を出し、法廷で二度証言しました。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　控訴審判決は14年7月15日にありました。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>東京高裁（河合健司裁判長）は、再鑑定結果の信用性を認め、「左手で痴漢行為をしたとは認めがたい」と判断し、一審判決の認定を、「不合理」「論理の飛躍がある」「明らかな事実の誤認がある」などと全面的に批判して破棄。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>●　誰でも犯罪者にしてしまえる 「有罪推定」に警鐘を鳴らす</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　「女子高生がリュックの接触を痴漢行為と勘違いした疑いがある」とするTさんの主張を採用し、無罪判決を下しました。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　検察は上告せず、Tさんの無罪が確定。Tさんは次のように語っています。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　「自分が被害者だと思い込んでしまったために、他人の人生をむちゃくちゃにしてしまったという重荷を背負うことになった女子高生も気の毒です。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>警察、検察、裁判所にはちゃんと正しい判断をしてもらいたい。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>誰が読んでも納得できる理路整然とした判決を出せる裁判官が広がって、私のような思いをしない人が増えてほしい」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　三鷹バス痴漢冤罪事件のように、リュックや鞄などの接触を痴漢と勘違いしてしまうのは、ある程度はしかたのないことかもしれません。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　しかし、被害を申告した人の証言を鵜呑みにし、それと食い違うことを被告人が言うと「信用性がない」として、事実誤認の有罪判決を出す裁判官がいることは重大な問題です。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　このことからも、「検察が起訴しているから間違いないだろう」と思っている裁判官が多いことは容易に想像がつきます。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　ことに痴漢事件の場合、有罪の理由に「被害者が嘘をついてまで被告人をあえて罪に陥れる理由はない」といった文言を相変わらず多用しているところを見ると、明らかに「有罪推定」なのだと思います。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　やったという確証がない限り有罪にできないはずなのに、三鷹バス痴漢冤罪事件の一審判決のように、「可能性」で有罪にしてしまう。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>やっていない可能性が高いということで無罪になるというならわかりますが、「やった可能性があるから有罪」というのでは、誰でも有罪にできてしまいます。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>村木厚子</strong></span></div></div><a name="more"></a>

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            <category>社会・政治</category>
      <author>小だぬき</author>
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      <title>おにぎりや弁当の「常温放置」が招く重篤な症状…専門家が警鐘を鳴らす食中毒対策の“盲点”とは</title>
      <pubDate>Mon, 11 May 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>おにぎりや弁当の「常温放置」が招く重篤な症状…専門家が警鐘を鳴らす食中毒対策の“盲点”とは5/10(日) SPA!2026年もいよいよ中盤。サマーシーズンはハイキングや釣りといった屋外レジャーやアクティビティ、野外フェスのようなイベントなど楽しみが増えるが、その一方で高温多湿によって食品が痛みやすい季節でもある。厚生労働省の公開資料によると、食中毒の前年（2025年）発生件数は全国で1,172件。患者数は24,000人を超え、2名の死亡者も出ている。例年の症例ピークは空気が乾..</description>
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おにぎりや弁当の「常温放置」が招く重篤な症状…専門家が警鐘を鳴らす食中毒対策の“盲点”とは5/10(日) SPA!
2026年もいよいよ中盤。サマーシーズンはハイキングや釣りといった屋外レジャーやアクティビティ、野外フェスのようなイベントなど楽しみが増えるが、その一方で高温多湿によって食品が痛みやすい季節でもある。厚生労働省の公開資料によると、食中毒の前年（2025年）発生件数は全国で1,172件。患者数は24,000人を超え、2名の死亡者も出ている。例年の症例ピークは空気が乾燥する冬だが、夏季でも油断は禁物だ。
こうした食中毒について一定の知識があり、アルコール消毒など自己流の警戒や対策をしている家庭も多いだろう。しかし、時には「予想外の原因で食中毒に」「対策をしたつもりが無意味」といった可能性もけっしてゼロではない。このような危険性について、ミサクリニック六本木本院の院長・寺井美佐栄氏に話をうかがった。
鶏肉、卵、牛乳以外で気をつけるべきなのは…
寺井院長は美容皮膚科を本業とする一方、日常生活の習慣や環境が体調に与える影響について患者と話す機会が多く、特に食中毒を含む体調不良と食事保存などとの関係も強く実感しているという。まずは食中毒についての概要を寺井院長に説明していただいた。
原因となる病原体（細菌・ウイルス・寄生虫など）は数多いが、なかでも以下の6つが代表的だ。
(1) 黄色ブドウ球菌：手洗いの不徹底で感染の可能性、毒素が加熱しても分解されない
(2) ボツリヌス菌：土壌や砂中に分布、自然界でも最強の毒素を持ち危険、進行すると呼吸停止
(3) ノロウイルス：牡蠣など二枚貝で中毒事例、集団感染しやすく冬に多発
(4) 腸管出血性大腸菌（O157）：加熱不十分の肉などから感染、死亡事例あり
(5) カンピロバクター（※細菌）：生の鶏肉などから感染、まれに神経合併症（ギラン・バレー症候群）を起こす
(6) アニサキス（※寄生虫）：刺身や生魚から感染、発症が数時間以内と早い
いずれも感染後に発症すれば腹痛・下痢・発熱・嘔吐など重篤な症状を引き起こし、とりわけ子供や高齢者にとっては危険である。こうした病原体をシャットアウトするにあたり、特に注意すべき食材や料理は何か。
「鶏肉や卵、牛乳および乳製品は皆さんイメージしやすいと思います。意外と油断できないのがカット野菜やサラダ。仮に洗浄済みでも菌がゼロになっていない事があり、O157の懸念が拭えません。おにぎりなども、握る時に手から黄色ブドウ球菌が移り、常温で置いておくと毒素が増える場合もあります」
「洗わない」と「放置」に要注意
続いて、食品を扱う日々の行動面については、どのようなポイントに気をつけるべきだろうか。
「まず、生肉や魚は常温で長く放置しないように。買って帰る時も、エコバッグ内で汁漏れすると他食品に付いて、二次汚染を起こしかねないので気をつけてください。冷蔵時は食品の詰めすぎによる冷気の循環不足、過度な長期保存、不適切な温度設定が菌増殖の原因です。-15℃以下の冷凍なら細菌はほとんど活動停止しますが、自然解凍や再冷凍・再解凍の繰り返しに避けましょう」
このほか、調理中も気になる点は多い。肉や魚を切った後のまな板や包丁を、洗わないまま他の食材に使うと、菌が移る原因になりうる。加熱不十分な食材は内部に菌が残り、これも食中毒のもと。手洗いが不十分なまま調理や食事をすると、言うまでもないことではあるが、手についた菌が食材や口に移って不衛生。
総じて「食材・料理を常温で長時間放置」「（食材・調理器具・手を）よく洗わない」が危険である。
対策をしても実は「効果が薄い」ケースも
ところで、食中毒を防ぐためにスプレーで調理器具などのアルコール消毒を行っている人もいるだろう。しかし、寺井院長が言う所によると、これでも病原体を100％防げるわけではない。
「スプレーする対象によってはアルコール消毒の効果が弱く、特にノロウイルス感染症などはアルコールが効きにくいことで知られています。『アルコール消毒さえしていれば大丈夫』という思い込みは危険です。手洗いの徹底など、地味ながらも他の病気予防としっかり組み合わせましょう」
また、食材にはそれぞれ消費期限が設定されている。過度に時間が経った食品での食中毒リスクを減らすうえで大事な目安だが、かといって消費期限内であれば大丈夫とも限らない。
「表示されている期限は、適切な保存状態が保たれている状況が前提です。持ち歩きや常温放置をしていた場合、その前提は崩れてしまいます。購入後は速やかに冷蔵し、持ち歩きが長い日は保冷剤・保冷バッグを使いましょう。開封後は期限に関わらず早めに消費してください」
また、病原体を滅菌するうえで、しっかりと食材に火を通すことは確かに大切ではある。しかし、火を通しさえすれば問題なしと考えるのは早計だ。
「チャーハンやパスタのような火を通した食品も、意外と食中毒の原因としてよく知られています。原因となる菌は自然界に広く存在し、加熱後も芽胞の形で残る場合があり、作ったあと室温で放置すると増殖して毒素を作ります。『一度火を通しているから安心』とは言い切れません」
レジャーに潜む“菌増殖”のリスク
このほか、夏季のレジャーについて特に顕著となる食中毒リスクと、その対策も寺井院長に訊ねたところ、以下のとおりであった。
(1) 山のハイキングやキャンプ
リスク：保冷不十分な食品を長時間持ち歩くと、食品の温度が上がって菌増殖しやすい。
対策：保冷剤・保冷バッグを活用し、調理後早めに食べるか、できるだけ現地調理。
(2) 海や川での釣り
リスク：釣った魚を常温で放置すると、鮮度が急速に低下。特に内臓には細菌が多く、時間経過とともに身にも影響が及ぶ。寄生虫（アニサキスなど）の可能性もあり、見た目だけで安全を判断できない。
対策：釣った直後すぐ締めて内臓を処理し、氷やクーラーボックスで速やかに冷却。生食は避け、十分に加熱。
(3) 野外でのBBQ、グランピング
リスク：生肉の加熱不足やトング・箸の使い回しによる交差汚染が起こりやすい。鶏肉であればカンピロバクター食中毒などの原因にも。
対策：生肉用と食べる用で器具を分ける／中心までしっかり加熱する。
(4) 屋外フェス、大規模イベントなど
リスク：ケータリングなどで購入後、すぐに食べず長時間持ち歩くと食品の温度管理が不十分に。手指の衛生状態も悪化しやすく、ノロウイルスの可能性も。
対策：購入後はできるだけ早く食べ、食前に手指消毒や手洗いを徹底。
ここまで紹介してきた内容を意識しておけば、食中毒に陥る可能性を大きく下げられるはずだ。参考にしていただければ幸いである。
デリバリー普及がもたらす危うさ
寺井院長いわく、近年における食習慣の変化も、食中毒に影響を与えているらしい。
「例えば、2020年以降の新型コロナウイルス流行では、外食・外出の機会が激減したため「Uber Eats」などアプリによる出前・宅配が一般化しました。しかし、これも調理後から喫食までの時間が長くなったり、温度管理が不十分だったりすると、食中毒の危険性が高まります。ほかには健康志向の高まりによって食品の低加熱や生食がもてはやされる傾向もありますが、これも一定のリスク要因となり得ます」
その反面、食品の冷蔵・冷凍技術やパッケージング技術も確実に進化しており、細菌の増殖を抑える工夫は進んでいる。従来より安全に食品を扱える環境は一般家庭レベルでも整いつつあるが、こうした中で食中毒を避けるために最も大切なことを、寺井院長へ最後に質問した。
「食中毒対策は普段の基本習慣の積み重ねが何より重要。食品保存や衛生管理の技術は進歩していますが、最終的に健康を守るのは日々の基本的な意識です。温度管理・時間管理・衛生管理といった基本を大切にしましょう。正しい知識をもとに、安心して食事を楽しみながら、内側から整った健やかな状態を維持していただければと思います」
ただでさえ暑さによって体力を奪われ、体調も崩しがちな夏場に、食中毒までもらってしまっては目も当てられない。まずは身近な所から用心しておこう。
＜取材・文／デヤブロウ＞<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
<div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>おにぎりや弁当の「常温放置」が招く重篤な症状…専門家が警鐘を鳴らす食中毒対策の“盲点”とは</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>5/10(日) SPA!</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>2026年もいよいよ中盤。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>サマーシーズンはハイキングや釣りといった屋外レジャーやアクティビティ、野外フェスのようなイベントなど楽しみが増えるが、その一方で高温多湿によって食品が痛みやすい季節でもある。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>厚生労働省の公開資料によると、食中毒の前年（2025年）発生件数は全国で1,172件。患者数は24,000人を超え、2名の死亡者も出ている。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>例年の症例ピークは空気が乾燥する冬だが、夏季でも油断は禁物だ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>こうした食中毒について一定の知識があり、アルコール消毒など自己流の警戒や対策をしている家庭も多いだろう。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかし、時には「予想外の原因で食中毒に」「対策をしたつもりが無意味」といった可能性もけっしてゼロではない。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>このような危険性について、ミサクリニック六本木本院の院長・寺井美佐栄氏に話をうかがった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>鶏肉、卵、牛乳以外で気をつけるべきなのは…</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>寺井院長は美容皮膚科を本業とする一方、日常生活の習慣や環境が体調に与える影響について患者と話す機会が多く、特に食中毒を含む体調不良と食事保存などとの関係も強く実感しているという。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>まずは食中毒についての概要を寺井院長に説明していただいた。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong><span style="font-size: 14pt;">原因となる病原体</span>（細菌・ウイルス・寄生虫など）は数多いが、なかでも以下の6つが代表的だ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>(1) 黄色ブドウ球菌：手洗いの不徹底で感染の可能性、毒素が加熱しても分解されない</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>(2) ボツリヌス菌：土壌や砂中に分布、自然界でも最強の毒素を持ち危険、進行すると呼吸停止</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>(3) ノロウイルス：牡蠣など二枚貝で中毒事例、集団感染しやすく冬に多発</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>(4) 腸管出血性大腸菌（O157）：加熱不十分の肉などから感染、死亡事例あり</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>(5) カンピロバクター（※細菌）：生の鶏肉などから感染、まれに神経合併症（ギラン・バレー症候群）を起こす</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>(6) アニサキス（※寄生虫）：刺身や生魚から感染、発症が数時間以内と早い</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>いずれも感染後に発症すれば腹痛・下痢・発熱・嘔吐など重篤な症状を引き起こし、とりわけ子供や高齢者にとっては危険である。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>こうした病原体をシャットアウトするにあたり、特に注意すべき食材や料理は何か。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「鶏肉や卵、牛乳および乳製品は皆さんイメージしやすいと思います。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>意外と油断できないのがカット野菜やサラダ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>仮に洗浄済みでも菌がゼロになっていない事があり、O157の懸念が拭えません。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>おにぎりなども、握る時に手から黄色ブドウ球菌が移り、常温で置いておくと毒素が増える場合もあります」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>「洗わない」と「放置」に要注意</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>続いて、食品を扱う日々の行動面については、どのようなポイントに気をつけるべきだろうか。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「まず、生肉や魚は常温で長く放置しないように。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>買って帰る時も、エコバッグ内で汁漏れすると他食品に付いて、二次汚染を起こしかねないので気をつけてください。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>冷蔵時は食品の詰めすぎによる冷気の循環不足、過度な長期保存、不適切な温度設定が菌増殖の原因です。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>-15℃以下の冷凍なら細菌はほとんど活動停止しますが、自然解凍や再冷凍・再解凍の繰り返しに避けましょう」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>このほか、調理中も気になる点は多い。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>肉や魚を切った後のまな板や包丁を、洗わないまま他の食材に使うと、菌が移る原因になりうる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>加熱不十分な食材は内部に菌が残り、これも食中毒のもと。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>手洗いが不十分なまま調理や食事をすると、言うまでもないことではあるが、手についた菌が食材や口に移って不衛生。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>総じて「食材・料理を常温で長時間放置」「（食材・調理器具・手を）よく洗わない」が危険である。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>対策をしても実は「効果が薄い」ケースも</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ところで、食中毒を防ぐためにスプレーで調理器具などのアルコール消毒を行っている人もいるだろう。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかし、寺井院長が言う所によると、これでも病原体を100％防げるわけではない。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「スプレーする対象によってはアルコール消毒の効果が弱く、特にノロウイルス感染症などはアルコールが効きにくいことで知られています。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>『アルコール消毒さえしていれば大丈夫』という思い込みは危険です。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>手洗いの徹底など、地味ながらも他の病気予防としっかり組み合わせましょう」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>また、食材にはそれぞれ消費期限が設定されている。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>過度に時間が経った食品での食中毒リスクを減らすうえで大事な目安だが、かといって消費期限内であれば大丈夫とも限らない。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「表示されている期限は、適切な保存状態が保たれている状況が前提です。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>持ち歩きや常温放置をしていた場合、その前提は崩れてしまいます。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>購入後は速やかに冷蔵し、持ち歩きが長い日は保冷剤・保冷バッグを使いましょう。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>開封後は期限に関わらず早めに消費してください」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>また、病原体を滅菌するうえで、しっかりと食材に火を通すことは確かに大切ではある。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかし、火を通しさえすれば問題なしと考えるのは早計だ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「チャーハンやパスタのような火を通した食品も、意外と食中毒の原因としてよく知られています。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>原因となる菌は自然界に広く存在し、加熱後も芽胞の形で残る場合があり、作ったあと室温で放置すると増殖して毒素を作ります。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>『一度火を通しているから安心』とは言い切れません」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>レジャーに潜む“菌増殖”のリスク</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>このほか、夏季のレジャーについて特に顕著となる食中毒リスクと、その対策も寺井院長に訊ねたところ、以下のとおりであった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>(1) 山のハイキングやキャンプ</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>リスク：保冷不十分な食品を長時間持ち歩くと、食品の温度が上がって菌増殖しやすい。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>対策：保冷剤・保冷バッグを活用し、調理後早めに食べるか、できるだけ現地調理。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>(2) 海や川での釣り</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>リスク：釣った魚を常温で放置すると、鮮度が急速に低下。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>特に内臓には細菌が多く、時間経過とともに身にも影響が及ぶ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>寄生虫（アニサキスなど）の可能性もあり、見た目だけで安全を判断できない。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>対策：釣った直後すぐ締めて内臓を処理し、氷やクーラーボックスで速やかに冷却。生食は避け、十分に加熱。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>(3) 野外でのBBQ、グランピング</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>リスク：生肉の加熱不足やトング・箸の使い回しによる交差汚染が起こりやすい。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>鶏肉であればカンピロバクター食中毒などの原因にも。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>対策：生肉用と食べる用で器具を分ける／中心までしっかり加熱する。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>(4) 屋外フェス、大規模イベントなど</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>リスク：ケータリングなどで購入後、すぐに食べず長時間持ち歩くと食品の温度管理が不十分に。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>手指の衛生状態も悪化しやすく、ノロウイルスの可能性も。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>対策：購入後はできるだけ早く食べ、食前に手指消毒や手洗いを徹底。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ここまで紹介してきた内容を意識しておけば、食中毒に陥る可能性を大きく下げられるはずだ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>参考にしていただければ幸いである。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>デリバリー普及がもたらす危うさ</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>寺井院長いわく、近年における食習慣の変化も、食中毒に影響を与えているらしい。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「例えば、2020年以降の新型コロナウイルス流行では、外食・外出の機会が激減したため「Uber Eats」などアプリによる出前・宅配が一般化しました。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかし、これも調理後から喫食までの時間が長くなったり、温度管理が不十分だったりすると、食中毒の危険性が高まります。ほかには健康志向の高まりによって食品の低加熱や生食がもてはやされる傾向もありますが、これも一定のリスク要因となり得ます」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>その反面、食品の冷蔵・冷凍技術やパッケージング技術も確実に進化しており、細菌の増殖を抑える工夫は進んでいる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>従来より安全に食品を扱える環境は一般家庭レベルでも整いつつあるが、こうした中で食中毒を避けるために最も大切なことを、寺井院長へ最後に質問した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「食中毒対策は普段の基本習慣の積み重ねが何より重要。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>食品保存や衛生管理の技術は進歩していますが、最終的に健康を守るのは日々の基本的な意識です。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>温度管理・時間管理・衛生管理といった基本を大切にしましょう。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>正しい知識をもとに、安心して食事を楽しみながら、内側から整った健やかな状態を維持していただければと思います」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ただでさえ暑さによって体力を奪われ、体調も崩しがちな夏場に、食中毒までもらってしまっては目も当てられない。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>まずは身近な所から用心しておこう。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>＜取材・文／デヤブロウ＞</strong></span></div><a name="more"></a>

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]]></content:encoded>
            <category>社会・政治</category>
      <author>小だぬき</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,hoteiharatanuki/520649496</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://hoteiharatanuki.seesaa.net/article/520644222.html</link>
      <title>国民医療費抑制の議論に欠けている「患者」という視点</title>
      <pubDate>Sun, 10 May 2026 00:17:12 +0900</pubDate>
            <description>国民医療費抑制の議論に欠けている「患者」という視点／勝村久司氏（「医療情報の公開・開示を求める市民の会」世話人）5/9(土) ビデオニュース・ドットコムhttps://news.yahoo.co.jp/articles/881011d84f01439b1c69ad6a8a4e2ccfd4631951　医療費の増大をどう抑えるのか。いま日本の医療政策は、その一点に強く引き寄せられている。　健康保険法等改正案が4月28日に衆議院を通過し、現在、参議院で審議が続いている。改正案には..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
国民医療費抑制の議論に欠けている「患者」という視点／勝村久司氏（「医療情報の公開・開示を求める市民の会」世話人）
5/9(土) ビデオニュース・ドットコムhttps://news.yahoo.co.jp/articles/881011d84f01439b1c69ad6a8a4e2ccfd4631951
　医療費の増大をどう抑えるのか。いま日本の医療政策は、その一点に強く引き寄せられている。
　健康保険法等改正案が4月28日に衆議院を通過し、現在、参議院で審議が続いている。改正案には、市販薬としても流通している処方薬について患者に追加負担を求める制度や、後期高齢者医療制度における保険料や窓口負担に金融資産を反映させる仕組みなどが盛り込まれた。さらに、いったん凍結された高額療養費制度の自己負担上限額引き上げも、一部の低所得者などを除いて今年8月から実施される方向が固まっている。
　背景にあるのは、膨張を続ける国民医療費だ。高齢化と医療技術の高度化を背景に、2023年度の国民医療費は48兆円を超えた。
財政の持続可能性を考えれば、負担能力に応じた負担増や世代間の公平化が必要だという議論には一定の合理性がある。
しかし、その議論のプロセスにおいて、実際に病を抱え、日々治療を受けている患者たちの声は、どこまで反映されているのだろうか。　その問題が一気に表面化したのが、高額療養費制度の見直しをめぐる議論だった。
　現行制度では、患者が1カ月に支払う医療費には年収に応じた上限が設けられており、それを超えた分は公的医療保険が負担する。重い病気や長期治療を必要とする患者にとって、この制度は文字通り命綱ともいえる制度だ。しかし、政府は一昨年末、この上限額を大幅に引き上げる方針を事実上の既定路線として予算案に盛り込もうとした。
　これに強く反発したのが患者団体だった。短期間のうちに当事者の声が集まり、「これ以上負担が増えれば治療を断念せざるを得ない」「生活そのものが立ち行かなくなる」という切実な訴えが社会に広がった。その結果、政府は昨年3月、いったん引き上げを見送る判断を余儀なくされた。
　この問題は、単なる財源論ではない。誰のための医療制度なのかという、制度設計そのものの問題を浮き彫りにした出来事だった。
　今回のゲスト、勝村久司氏は、中央社会保険医療協議会、いわゆる「中医協」で初めて患者代表委員を務めた人物だ。医療事故の被害当事者でもある勝村氏は、長年、医療制度改革の議論に患者の視点を持ち込む活動を続けてきた。
　勝村氏によれば、日本の医療費議論は、往々にして医療業界団体同士の利害調整に終始しがちだという。診療報酬や薬価の決定過程では、医師会、病院団体、製薬業界などの意見は強く反映される一方で、患者の声は制度的にきわめて弱い立場に置かれてきた。
　しかも、議論は「医療費総額をどう抑えるか」という抽象論に偏りがちで、「どの医療に、なぜ、その価格がついているのか」という中身の議論がほとんど行われていないと勝村氏は指摘する。
　なぜ、その薬に高い薬価がつくのか。なぜ、その加算が必要なのか。逆に、本当に必要な医療行為の評価が不当に低く抑えられてはいないか。
　そうした議論抜きに、単に総額抑制だけを進めれば、最終的にしわ寄せを受けるのは患者だ。
　勝村氏が中医協委員時代に力を入れたのが、診療明細書の無料発行の義務化だった。現在では、医療機関で必ず患者に渡される診療明細書には、検査や処置、薬剤名、そしてそれぞれに対応する診療報酬点数が記載されている。しかし、この制度が実現する以前、患者は自分がどのような医療を受け、その医療にどれだけの公的費用が使われているのかを知る手段すら乏しかった。
　勝村氏は、患者が医療の内容とコストを知ることではじめて、医療制度の議論に主体的に参加できるようになると主張する。
　医療制度改革は、単なる財政論なのか。それとも、社会が「命」とどう向き合うかという価値判断の問題なのか。患者負担増が次々と議論される中、医療制度の意思決定に患者の声をどう反映させるべきなのかについて、勝村久司氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。

【プロフィール】
勝村 久司 （かつむら ひさし）「医療情報の公開・開示を求める市民の会」世話人
宮台 真司 （みやだい しんじ）社会学者
迫田 朋子 （さこた ともこ）ジャーナリスト
【ビデオニュース・ドットコムについて】
ビデオニュース・ドットコムは真に公共的な報道のためには広告に依存しない経営基盤が不可欠との考えから、会員の皆様よりいただく視聴料（1100円）によって運営されているニュース専門インターネット放送局です。
（本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。）<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
<div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>国民医療費抑制の議論に欠けている「患者」という視点／勝村久司氏（「医療情報の公開・開示を求める市民の会」世話人）</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>5/9(土) ビデオニュース・ドットコム</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong><a href="https://news.yahoo.co.jp/articles/881011d84f01439b1c69ad6a8a4e2ccfd4631951" target="_blank">https://news.yahoo.co.jp/articles/881011d84f01439b1c69ad6a8a4e2ccfd4631951</a></strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　医療費の増大をどう抑えるのか。いま日本の医療政策は、その一点に強く引き寄せられている。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　健康保険法等改正案が4月28日に衆議院を通過し、現在、参議院で審議が続いている。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>改正案には、市販薬としても流通している処方薬について患者に追加負担を求める制度や、後期高齢者医療制度における保険料や窓口負担に金融資産を反映させる仕組みなどが盛り込まれた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>さらに、いったん凍結された高額療養費制度の自己負担上限額引き上げも、一部の低所得者などを除いて今年8月から実施される方向が固まっている。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　背景にあるのは、膨張を続ける国民医療費だ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>高齢化と医療技術の高度化を背景に、2023年度の国民医療費は48兆円を超えた。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>財政の持続可能性を考えれば、負担能力に応じた負担増や世代間の公平化が必要だという議論には一定の合理性がある。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかし、その議論のプロセスにおいて、実際に病を抱え、日々治療を受けている患者たちの声は、どこまで反映されているのだろうか。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　その問題が一気に表面化したのが、高額療養費制度の見直しをめぐる議論だった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　現行制度では、患者が1カ月に支払う医療費には年収に応じた上限が設けられており、それを超えた分は公的医療保険が負担する。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>重い病気や長期治療を必要とする患者にとって、この制度は文字通り命綱ともいえる制度だ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかし、政府は一昨年末、この上限額を大幅に引き上げる方針を事実上の既定路線として予算案に盛り込もうとした。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　これに強く反発したのが患者団体だった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>短期間のうちに当事者の声が集まり、「これ以上負担が増えれば治療を断念せざるを得ない」「生活そのものが立ち行かなくなる」という切実な訴えが社会に広がった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>その結果、政府は昨年3月、いったん引き上げを見送る判断を余儀なくされた。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　この問題は、単なる財源論ではない。誰のための医療制度なのかという、制度設計そのものの問題を浮き彫りにした出来事だった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　今回のゲスト、勝村久司氏は、中央社会保険医療協議会、いわゆる「中医協」で初めて患者代表委員を務めた人物だ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>医療事故の被害当事者でもある勝村氏は、長年、医療制度改革の議論に患者の視点を持ち込む活動を続けてきた。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　勝村氏によれば、日本の医療費議論は、往々にして医療業界団体同士の利害調整に終始しがちだという。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>診療報酬や薬価の決定過程では、医師会、病院団体、製薬業界などの意見は強く反映される一方で、患者の声は制度的にきわめて弱い立場に置かれてきた。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　しかも、議論は「医療費総額をどう抑えるか」という抽象論に偏りがちで、「どの医療に、なぜ、その価格がついているのか」という中身の議論がほとんど行われていないと勝村氏は指摘する。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　なぜ、その薬に高い薬価がつくのか。なぜ、その加算が必要なのか。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>逆に、本当に必要な医療行為の評価が不当に低く抑えられてはいないか。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　そうした議論抜きに、単に総額抑制だけを進めれば、最終的にしわ寄せを受けるのは患者だ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　勝村氏が中医協委員時代に力を入れたのが、診療明細書の無料発行の義務化だった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>現在では、医療機関で必ず患者に渡される診療明細書には、検査や処置、薬剤名、そしてそれぞれに対応する診療報酬点数が記載されている。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかし、この制度が実現する以前、患者は自分がどのような医療を受け、その医療にどれだけの公的費用が使われているのかを知る手段すら乏しかった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　勝村氏は、患者が医療の内容とコストを知ることではじめて、医療制度の議論に主体的に参加できるようになると主張する。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　医療制度改革は、単なる財政論なのか。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>それとも、社会が「命」とどう向き合うかという価値判断の問題なのか。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>患者負担増が次々と議論される中、医療制度の意思決定に患者の声をどう反映させるべきなのかについて、勝村久司氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。</strong></span></div><br /><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>【プロフィール】</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>勝村 久司 （かつむら ひさし）</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「医療情報の公開・開示を求める市民の会」世話人</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>宮台 真司 （みやだい しんじ）</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>社会学者</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>迫田 朋子 （さこた ともこ）</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ジャーナリスト</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>【ビデオニュース・ドットコムについて】</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ビデオニュース・ドットコムは真に公共的な報道のためには広告に依存しない経営基盤が不可欠との考えから、会員の皆様よりいただく視聴料（1100円）によって運営されているニュース専門インターネット放送局です。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>（本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。）</strong></span></div><a name="more"></a>

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            <category>社会・政治</category>
      <author>小だぬき</author>
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      <title>高額療養費の自己負担引き上げは「制度の持続可能性」のためではなかった…「異次元の少子化対策」との不適切な関係、子育て支援のためなら病人は切り捨てていいのか？</title>
      <pubDate>Sat, 09 May 2026 01:00:00 +0900</pubDate>
            <description>高額療養費の自己負担引き上げは「制度の持続可能性」のためではなかった…「異次元の少子化対策」との不適切な関係、子育て支援のためなら病人は切り捨てていいのか？5/8(金) 集英社オンライン高額療養費制度　ひろがる日本の〈健康格差〉政府が推進し、ついに法案が成立した高額療養費の自己負担上限額引き上げ。その背景には「異次元の少子化対策」こと「こども未来戦略」の財源確保という隠れた意図があったとされる。そこから透けてみえるのは、制度利用者の命を軽視する政府の信じられない対応だ。背後に..</description>
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高額療養費の自己負担引き上げは「制度の持続可能性」のためではなかった…「異次元の少子化対策」との不適切な関係、子育て支援のためなら病人は切り捨てていいのか？5/8(金) 集英社オンライン
高額療養費制度　ひろがる日本の〈健康格差〉
政府が推進し、ついに法案が成立した高額療養費の自己負担上限額引き上げ。その背景には「異次元の少子化対策」こと「こども未来戦略」の財源確保という隠れた意図があったとされる。そこから透けてみえるのは、制度利用者の命を軽視する政府の信じられない対応だ。
背後に「異次元の少子化対策」あり
そもそも、なぜ厚労省は、高額療養費制度の自己負担上限額引き上げに着手したかったのか。換言すれば、この引き上げで患者の自己負担が上がる（=公費負担分が減る）ことによって見込まれる国民医療費の歳出削減を、なぜそんなにも急いで2025年度の予算案に盛り込みたかったのか、ということだ。
ヒントのひとつは、先の「毎日新聞」記事に記されている、「新たに始まる少子化対策に伴い、政府は社会保険料抑制に向けて社会保障制度の改革に着手しなければならない状況にある」という一節だ。
2024年11月21日の医療保険部会でも、厚労省担当者が「あるいはこども未来戦略との関係もございますけれども」と発言している。
この「こども未来戦略」とは、少子化や人口減少を食い止めるために岸田内閣が203年6月に打ち出して同年末に閣議決定された、子ども・子育てに国家を挙げて取り組む強化策のことだ。
「次元の異なる少子化対策」というフレーズが、当時はメディアなどでも多く取り沙汰された。このこども未来戦略で計画するさまざまな少子化対策や子育て関連手当の拡充では、2024年度から2026年度まで集中して取り組む「加速化プラン」に必要な予算が3,6兆円規模とされた。
その歳出に必要な財源は、増税ではなく従来予算の活用と歳出改革の徹底で賄う、ということがこの「次元の異なる少子化対策」の大きなセールスポイントでもあった。
このこども未来戦略加速化プランに必要な「子ども・子育て支援金」をどこからどう捻出して調達してくるかという概要は、こども未来戦略の閣議決定後に開催された、こども家庭庁の第5回子ども・子育て支援等分科会（2024年2月19日）の資料*1で示されている。
そこでは、必要な3,6兆円を賄う歳入は「既定予算の最大限の活用等」で1,5兆円、「歳出改革の徹底等」で2,1兆円（内訳は「公費節減の効果」1,1兆円と「社会保険負担軽減の効果」1兆円）を見込んでいることが、矢印を用いて図示されている。
なかでも「歳出改革の徹底等」という枠囲みに伸びる矢印の元にある「社会保険負担軽減の効果」の隣には「社会保障改革の徹底（改革工程を策定）」と記されており、そのことからも、改革工程の推進でこども未来戦略の加速化プランに必要な金額を捻出しようと考えていたことがわかる。
ちなみに、2023年12月22日に行われた第二回こども政策推進会議では、当時の新藤義孝内閣府特命担当大臣が「『改革工程』に沿って、全世代型社会保障制度を構築する観点から、2028年度までに徹底した歳出改革を行い、それによって得られる公費節減の効果と社会保険負担軽減効果を活用します。この公費節減の効果で、1,1兆円程度となります」と説明している*2。
この「社会保障改革の徹底」で削減できると見込んでいた金額は、2024年12月27日に財務省が発表した2025年度政府予算案の資料（*3）13ページの図「令和7年度社会保障関係費の全体像」で示されている。
この資料によると、高額療養費からの調達はざっくりと200億円程度と見積もられていたようだ。
なお、酒井なつみ衆議院議員の予算委員会質問（1月31日）で、高額療養費の自己負担上限額引き上げによる予算削減額を酒井議員が訊ねた際に、厚労省の鹿沼均険局長は「来年度予算への影響につきましては、限られたものとなりますが、引き上げがない場合に比べて国費で約200億円減少となります」と回答している。答弁内容は、財務省政府予算案資料の数字とも、当然ながら一致している。
「持続可能性を高めるために改革を」というロジックのウソ
高額療養費制度の自己負担上限額引き上げは、国会の論戦などで石破首相や福岡厚労相が「国民医療費の倍のスピードで高額療養費が上昇している」「非常に高額な薬剤が近年は増えている」「次の世代においてもこの制度を持続可能にしなければならない」等々の理由を何度も述べてきた。
彼らの主張は、高額療養費制度に内在する理由のために自己負担額を引き上げなければならないのだ、というロジックだった。
しかし、ここまで見てきたことからわかるように、「引き上げなければ制度が持たない」と政府関係者たちが言っていたことは、引き上げをもっともらしく思わせるための、いわばあとづけの理由で、むしろ、高額療養費の自己負担上限額を引き上げることによって公費負担分を抑え込み、それで削減できた費用を子ども・子育て支援金に回したいから、という外在的な由がむしろ本音に近い部分で先行していたように見える。
現役の与党政治家や官僚が「こども未来戦略に必要な資金を捻出するために高額療養費の出費を抑え込む必要がある」と公の場で明言したことは自分の知る限りではなかったように思うが*4、ここまで見てきた各官庁の資料を並べて俯瞰すれば、そのようなストーリーは自然と浮かび上がってくる。
ただ、こども未来戦略の予算は社会保障にかかる費用を削減することで捻出するという方法自体は、当時の岸田政権が「このプラン実行で国民の負担を増やすようなことはしない」と喧伝してきた既定路線ではあった。
釈然としないのは、その社会保障費用削減の対象として、改革工程でも着手時限などを特に定めていなかった、しかも医療のセーフティネットである高額療養費制度に、なぜあえて白羽の矢を立てたのか、ということだ。
そのヒントになる記述が、高額療養費〈見直し〉案が厚労省の医療保険部会で議論され始めた時期の2024年11月28日の「朝日新聞」に掲載されている。第三面の吉備彩日記者による署名記事「高額療養費の上限引き上げ　子ども政策財源捻出へ」は、以下のように記している。
「厚労省幹部は『できるなら見直しは避けたい』と話す。それでも引き上げざるを得ないのが子ども関連政策の財源捻出のためだ。昨年末に閣議決定した『こども未来戦略』は、児童手当の大幅拡充など年3,6兆円規模の対策を盛り込んだが、うち1,1兆円は、2028年度までに社会保障の歳出削減で賄う」「数ある項目の中から（高額療養費が）選ばれたのは、法改正を経ずに閣議決定で制度改正できることなどが要因だ」（カッコ内補足と傍点は筆者）
同様の記述は、2025年度の予算案閣議決定に関連して高額療養費の〈見直し〉案を伝える12月27日の「朝日新聞」記事「社会保障費の抑制に腐心　『高額療養費』見直しで年1600億円削減」で、前記の吉備彩日記者が再度言及している。
「厚生労働省内にも『できれば手をつけたくない』（幹部）という声があった。だが、法改正を経ずに閣議決定で制度改正できることから、医療費の窓口負担増などよりも政治的ハードルが低いとみられ、削減項目として選ばれた」
さらに日を遡れば、2024年6月の「毎日新聞」記事にも、「法改正が不要な高額療養費の見直し」（傍点筆者）という一節がある。これらの新聞記事でさらりと記されている、高額療養費の制度変更に法改正が不要、とはいったいどういうことなのか?
高額療養費制度の根拠法は健康保険法などだが、その健康保険法*5　第五節「高額療養費及び高額介護合算療養費の支給」の第15条第2項には、以下のような記述がある。
「高額療養費の支給要件、支給額その他高額療養費の支給に関して必要な事項は、療養に必要な費用の負担の家計に与える影響及び療養に要した費用の額を考慮して、政令で定める」（傍点筆者）
政令ならば、国会で法案として時間をかけて議論しなくても、内閣が閣議で決定できる。先に紹介した新聞記事で「法改正を経ずに閣議決定で制度改正できる」「法改正が不要」と記しているのはそういうことだ。
実際に、2015年に現役世代の収入区分を三段階から五段階へ変更したときも、2017年に高齢者の自己負担上限額を引き上げたときも、法律の改正ではなく、すべて政令で変更が行われたが、大きな反発などは起きていない。
そもそも高額療養費制度を利用している人々は国民全体の中でもごく少数だろうから、自己負担上限額を引き上げる決定を行っても従来の制度変更同様に抵抗が少ないだろう。そんな読みの甘さが、おそらくは霞ヶ関関係者の中にはあったのではないか。
SNSでの拡散がなければ石破首相にも届かなかった
しかし、実際には制度利用者や医療者、学術界の反発は予想以上に大きく、国会の予算委会で与野党議員を巻き込んで世論の注目を集める大きな事態に発展してしまった。
そして、自己負担上限額を引き上げたい本当の理由は、医療保険制度の持続可能性というよりもむしろ、政府の予算調整という身も蓋もない理由であったのだろうという本音まで露呈してしまった。このお粗末な背景事情は、「一時凍結」決定を総括した新聞記事やニュース報道でもたびたび指摘された。
とはいえ、いずれの記事やニュースも、おそらくは文字量や紙幅、放送時間などの関係からごく簡単な事情説明に留まったものが大半だった。一方で専門家の論文では、俯瞰した視点から腰の据わった検証や的確な批判が複数発表されている*6。
ともあれ、2024年に政府が目論んだ高額療養費の自己負担上限額〈見直し〉案は、一時凍結に至った。そして春以降に議論が仕切り直しとなった厚労省医療保険部会やその下部組織として設置された高額療養費の専門委員会では、医療保険制度改革全体の中に高額療養費制度を位置づける、という方向で議論が進められていった。
その結果、2025年12月末に厚労省が提示した新たな〈見直し〉案では、現役世代の高額療養費自己負担上限額は、多数回該当の従来金額を維持し、新たに年間上限額の設定を盛り込むなど、専門委員会に参加した患者団体の意見がある程度反映された内容になった。
ただし、所得区分は凍結案同様に一三へ細分化されている。わずかな社会保険料抑制のために高額療養費を使用する人の負担を引き上げる、という構図も凍結案同様だ（表2）。
いずれにせよ、2024年晩秋に顕在化した政府の高額療養費制度〈見直し〉案が2025年3月にいったん全面凍結され、その後の議論を経て制度利用者の声がある程度政府案に反映されてゆく過程では、SNSが非常に大きな役割を果たした。
SNSを通じた情報拡散がなければ、患者団体の緊急アンケートや反対署名はあそこまで広がらなかっただろうし、患者たちのアンケート回答が国会論戦で引用され、ひいてはそれらが石破茂首相の手元に届くこともなかっただろう。
また、その後に創設された専門委員会の議論がリアルタイムに世の中へ広く伝わることも、SNSがなければありえなかっただろう。
そうやってSNSを活用することで高額療養費制度〈見直し〉案の問題点を世間に広く知らしめた立役者であり、政府〈見直し〉案に歴史的な方向転換をさせた功労者のひとりが、全国がん患者団体連合会理事長の天野慎介氏だ。
文/西村章<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
<div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>高額療養費の自己負担引き上げは「制度の持続可能性」のためではなかった…「異次元の少子化対策」との不適切な関係、子育て支援のためなら病人は切り捨てていいのか？</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>5/8(金) 集英社オンライン</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #0000ff;">高額療養費制度　ひろがる日本の〈健康格差</span>〉</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>政府が推進し、ついに法案が成立した高額療養費の自己負担上限額引き上げ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>その背景には「異次元の少子化対策」こと「こども未来戦略」の財源確保という隠れた意図があったとされる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そこから透けてみえるのは、制度利用者の命を軽視する政府の信じられない対応だ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;"><strong>背後に「異次元の少子化対策」あり</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そもそも、なぜ厚労省は、高額療養費制度の自己負担上限額引き上げに着手したかったのか。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>換言すれば、この引き上げで患者の自己負担が上がる（=公費負担分が減る）ことによって見込まれる国民医療費の歳出削減を、なぜそんなにも急いで2025年度の予算案に盛り込みたかったのか、ということだ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ヒントのひとつは、先の「毎日新聞」記事に記されている、「新たに始まる少子化対策に伴い、政府は社会保険料抑制に向けて社会保障制度の改革に着手しなければならない状況にある」という一節だ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>2024年11月21日の医療保険部会でも、厚労省担当者が「あるいはこども未来戦略との関係もございますけれども」と発言している。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>この「こども未来戦略」とは、少子化や人口減少を食い止めるために岸田内閣が203年6月に打ち出して同年末に閣議決定された、子ども・子育てに国家を挙げて取り組む強化策のことだ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「次元の異なる少子化対策」というフレーズが、当時はメディアなどでも多く取り沙汰された。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>このこども未来戦略で計画するさまざまな少子化対策や子育て関連手当の拡充では、2024年度から2026年度まで集中して取り組む「加速化プラン」に必要な予算が3,6兆円規模とされた。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>その歳出に必要な財源は、増税ではなく従来予算の活用と歳出改革の徹底で賄う、ということがこの「次元の異なる少子化対策」の大きなセールスポイントでもあった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>このこども未来戦略加速化プランに必要な「子ども・子育て支援金」をどこからどう捻出して調達してくるかという概要は、こども未来戦略の閣議決定後に開催された、こども家庭庁の第5回子ども・子育て支援等分科会（2024年2月19日）の資料*1で示されている。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そこでは、必要な3,6兆円を賄う歳入は「既定予算の最大限の活用等」で1,5兆円、「歳出改革の徹底等」で2,1兆円（内訳は「公費節減の効果」1,1兆円と「社会保険負担軽減の効果」1兆円）を見込んでいることが、矢印を用いて図示されている。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>なかでも「歳出改革の徹底等」という枠囲みに伸びる矢印の元にある「社会保険負担軽減の効果」の隣には「社会保障改革の徹底（改革工程を策定）」と記されており、そのことからも、改革工程の推進でこども未来戦略の加速化プランに必要な金額を捻出しようと考えていたことがわかる。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ちなみに、2023年12月22日に行われた第二回こども政策推進会議では、当時の新藤義孝内閣府特命担当大臣が「『改革工程』に沿って、全世代型社会保障制度を構築する観点から、2028年度までに徹底した歳出改革を行い、それによって得られる公費節減の効果と社会保険負担軽減効果を活用します。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>この公費節減の効果で、1,1兆円程度となります」と説明している*2。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>この「社会保障改革の徹底」で削減できると見込んでいた金額は、2024年12月27日に財務省が発表した2025年度政府予算案の資料（*3）13ページの図「令和7年度社会保障関係費の全体像」で示されている。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>この資料によると、高額療養費からの調達はざっくりと200億円程度と見積もられていたようだ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>なお、酒井なつみ衆議院議員の予算委員会質問（1月31日）で、高額療養費の自己負担上限額引き上げによる予算削減額を酒井議員が訊ねた際に、厚労省の鹿沼均険局長は「来年度予算への影響につきましては、限られたものとなりますが、引き上げがない場合に比べて国費で約200億円減少となります」と回答している。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>答弁内容は、財務省政府予算案資料の数字とも、当然ながら一致している。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>「持続可能性を高めるために改革を」というロジックのウソ</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>高額療養費制度の自己負担上限額引き上げは、国会の論戦などで石破首相や福岡厚労相が「国民医療費の倍のスピードで高額療養費が上昇している」「非常に高額な薬剤が近年は増えている」「次の世代においてもこの制度を持続可能にしなければならない」等々の理由を何度も述べてきた。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>彼らの主張は、高額療養費制度に内在する理由のために自己負担額を引き上げなければならないのだ、というロジックだった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかし、ここまで見てきたことからわかるように、「引き上げなければ制度が持たない」と政府関係者たちが言っていたことは、引き上げをもっともらしく思わせるための、いわばあとづけの理由で、むしろ、高額療養費の自己負担上限額を引き上げることによって公費負担分を抑え込み、それで削減できた費用を子ども・子育て支援金に回したいから、という外在的な由がむしろ本音に近い部分で先行していたように見える。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>現役の与党政治家や官僚が「こども未来戦略に必要な資金を捻出するために高額療養費の出費を抑え込む必要がある」と公の場で明言したことは自分の知る限りではなかったように思うが*4、ここまで見てきた各官庁の資料を並べて俯瞰すれば、そのようなストーリーは自然と浮かび上がってくる。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ただ、こども未来戦略の予算は社会保障にかかる費用を削減することで捻出するという方法自体は、当時の岸田政権が「このプラン実行で国民の負担を増やすようなことはしない」と喧伝してきた既定路線ではあった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>釈然としないのは、その社会保障費用削減の対象として、改革工程でも着手時限などを特に定めていなかった、しかも医療のセーフティネットである高額療養費制度に、なぜあえて白羽の矢を立てたのか、ということだ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そのヒントになる記述が、高額療養費〈見直し〉案が厚労省の医療保険部会で議論され始めた時期の2024年11月28日の「朝日新聞」に掲載されている。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>第三面の吉備彩日記者による署名記事「高額療養費の上限引き上げ　子ども政策財源捻出へ」は、以下のように記している。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「厚労省幹部は『できるなら見直しは避けたい』と話す。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>それでも引き上げざるを得ないのが子ども関連政策の財源捻出のためだ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>昨年末に閣議決定した『こども未来戦略』は、児童手当の大幅拡充など年3,6兆円規模の対策を盛り込んだが、うち1,1兆円は、2028年度までに社会保障の歳出削減で賄う」「数ある項目の中から（高額療養費が）選ばれたのは、法改正を経ずに閣議決定で制度改正できることなどが要因だ」（カッコ内補足と傍点は筆者）</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>同様の記述は、2025年度の予算案閣議決定に関連して高額療養費の〈見直し〉案を伝える12月27日の「朝日新聞」記事「社会保障費の抑制に腐心　『高額療養費』見直しで年1600億円削減」で、前記の吉備彩日記者が再度言及している。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「厚生労働省内にも『できれば手をつけたくない』（幹部）という声があった。だが、法改正を経ずに閣議決定で制度改正できることから、医療費の窓口負担増などよりも政治的ハードルが低いとみられ、削減項目として選ばれた」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>さらに日を遡れば、2024年6月の「毎日新聞」記事にも、「法改正が不要な高額療養費の見直し」（傍点筆者）という一節がある。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>これらの新聞記事でさらりと記されている、高額療養費の制度変更に法改正が不要、とはいったいどういうことなのか?</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>高額療養費制度の根拠法は健康保険法などだが、その健康保険法*5　第五節「高額療養費及び高額介護合算療養費の支給」の第15条第2項には、以下のような記述がある。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「高額療養費の支給要件、支給額その他高額療養費の支給に関して必要な事項は、療養に必要な費用の負担の家計に与える影響及び療養に要した費用の額を考慮して、政令で定める」（傍点筆者）</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>政令ならば、国会で法案として時間をかけて議論しなくても、内閣が閣議で決定できる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>先に紹介した新聞記事で「法改正を経ずに閣議決定で制度改正できる」「法改正が不要」と記しているのはそういうことだ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>実際に、2015年に現役世代の収入区分を三段階から五段階へ変更したときも、2017年に高齢者の自己負担上限額を引き上げたときも、法律の改正ではなく、すべて政令で変更が行われたが、大きな反発などは起きていない。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そもそも高額療養費制度を利用している人々は国民全体の中でもごく少数だろうから、自己負担上限額を引き上げる決定を行っても従来の制度変更同様に抵抗が少ないだろう。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そんな読みの甘さが、おそらくは霞ヶ関関係者の中にはあったのではないか。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>SNSでの拡散がなければ石破首相にも届かなかった</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかし、実際には制度利用者や医療者、学術界の反発は予想以上に大きく、国会の予算委会で与野党議員を巻き込んで世論の注目を集める大きな事態に発展してしまった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そして、自己負担上限額を引き上げたい本当の理由は、医療保険制度の持続可能性というよりもむしろ、政府の予算調整という身も蓋もない理由であったのだろうという本音まで露呈してしまった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>このお粗末な背景事情は、「一時凍結」決定を総括した新聞記事やニュース報道でもたびたび指摘された。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>とはいえ、いずれの記事やニュースも、おそらくは文字量や紙幅、放送時間などの関係からごく簡単な事情説明に留まったものが大半だった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>一方で専門家の論文では、俯瞰した視点から腰の据わった検証や的確な批判が複数発表されている*6。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ともあれ、2024年に政府が目論んだ高額療養費の自己負担上限額〈見直し〉案は、一時凍結に至った。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そして春以降に議論が仕切り直しとなった厚労省医療保険部会やその下部組織として設置された高額療養費の専門委員会では、医療保険制度改革全体の中に高額療養費制度を位置づける、という方向で議論が進められていった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>その結果、2025年12月末に厚労省が提示した新たな〈見直し〉案では、現役世代の高額療養費自己負担上限額は、多数回該当の従来金額を維持し、新たに年間上限額の設定を盛り込むなど、専門委員会に参加した患者団体の意見がある程度反映された内容になった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ただし、所得区分は凍結案同様に一三へ細分化されている。わずかな社会保険料抑制のために高額療養費を使用する人の負担を引き上げる、という構図も凍結案同様だ（表2）。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>いずれにせよ、2024年晩秋に顕在化した政府の高額療養費制度〈見直し〉案が2025年3月にいったん全面凍結され、その後の議論を経て制度利用者の声がある程度政府案に反映されてゆく過程では、SNSが非常に大きな役割を果たした。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>SNSを通じた情報拡散がなければ、患者団体の緊急アンケートや反対署名はあそこまで広がらなかっただろうし、患者たちのアンケート回答が国会論戦で引用され、ひいてはそれらが石破茂首相の手元に届くこともなかっただろう。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>また、その後に創設された専門委員会の議論がリアルタイムに世の中へ広く伝わることも、SNSがなければありえなかっただろう。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そうやってSNSを活用することで高額療養費制度〈見直し〉案の問題点を世間に広く知らしめた立役者であり、政府〈見直し〉案に歴史的な方向転換をさせた功労者のひとりが、全国がん患者団体連合会理事長の天野慎介氏だ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>文/西村章</strong></span></div><a name="more"></a>

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            <category>社会・政治</category>
      <author>小だぬき</author>
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      <title>高市版「安保3文書」は何を目指すのか</title>
      <pubDate>Sat, 09 May 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>高市版「安保3文書」は何を目指すのか5/8(金) nippon.com千々和 泰明高市早苗政権が外交・安全保障政策の骨格を全面的に刷新しようとしている。4月末から有識者の議論に着手し、年末までに国家安全保障戦略など「安保3文書」を改定する方針だ。ウクライナ戦争で大きく変わった「戦争形態」への対応が焦点になるとともに、トランプ米政権との間合いの取り方も問われる。「ヤルタ体制」と「冷戦」で揺れた日本の安保政策第二次世界大戦末期の1945年2月、クリミア半島のヤルタに、F・D・ロー..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
高市版「安保3文書」は何を目指すのか5/8(金) nippon.com千々和 泰明
高市早苗政権が外交・安全保障政策の骨格を全面的に刷新しようとしている。4月末から有識者の議論に着手し、年末までに国家安全保障戦略など「安保3文書」を改定する方針だ。ウクライナ戦争で大きく変わった「戦争形態」への対応が焦点になるとともに、トランプ米政権との間合いの取り方も問われる。
「ヤルタ体制」と「冷戦」で揺れた日本の安保政策
第二次世界大戦末期の1945年2月、クリミア半島のヤルタに、F・D・ローズヴェルト米大統領、チャーチル英首相、そしてソ連最高指導者スターリンの連合国3首脳が集結した。議題は、戦後の国際秩序構想である。この時3首脳が目指したのは、米ソ協調の下、ナチス・ドイツと日本軍国主義の牙を抜くことだった。
それから約半年後、日本はポツダム宣言を受諾して連合国に無条件降伏し、武装解除された。続いてGHQ（連合国軍最高司令官総司令部）主導で起草された新たな日本憲法では、第9条で戦力不保持がうたわれる。日本の非軍事化こそが世界平和につながるとする、「ヤルタ体制」を地で行く措置だった。
ところが本来ヤルタ体制が想定していた米ソ協調は実現せず、代わって生まれたのは米ソ対立、すなわち「冷戦」という真逆の構造だった。この結果、日本は憲法9条を維持する一方、再軍備と日米安全保障条約で西側陣営の一員として冷戦に対応することになった。戦後日本の安全保障政策は、ヤルタ体制と冷戦のはざまでいばらの道を歩む。
やがて冷戦が終わり、北朝鮮の瀬戸際外交、中国の軍事的台頭、「テロとの戦い」で疲弊した米国の対外関与の後退などを踏まえ、日本が安全保障の領域で「大人しくしておく」ことが平和の前提であるとする世界観は徐々に後景に退いた。むしろ日本が安全保障領域でも積極的に働きかけていくことで、日本や世界にとって好ましい国際秩序を維持・発展させるべきだとする考え方への理解が深まるようになる。
厳しさ増す安保環境と「新しい戦い方」
2013年12月17日、第2次安倍晋三政権は日本初の「国家安全保障戦略」を策定し、これらは「防衛計画の大綱」（現「国家防衛戦略」）、「中期防衛力整備計画」（現「防衛力整備計画」）とあわせて「安保3文書」と称されるようになった。
ロシアによるウクライナ侵略を契機に、岸田文雄政権は2022年12月16日に安保3文書を改定した。岸田版の3文書は、戦後日本の安全保障政策を「実践面から大きく転換するもの」とうたった。具体的には、これまで日本が持たないとしてきた反撃能力の保有や、対GDP（国内総生産）比1％程度にとどめてきた防衛費の2％への増額などが掲げられた。13年の安倍版3文書以来の「積極的平和主義」の理念の具現化であるといえるだろう。
しかし、2022年の改定時以降も、日本を取り巻く安全保障環境はさらに厳しさを増している。
26年の中国の国防費は公表ベースで約40兆1000億円に上った。10年前のほぼ倍額である。22年からの伸び分は約15兆4000億円で、防衛費増額をうたった日本側の伸び（約3兆6000億円）をはるかに凌駕している(※1)。中国は日本周辺での軍事活動も活発化させており、25年5月3日には、尖閣諸島周辺海域で中国海警船から発艦したヘリコプターが領空侵犯をおこなった。台湾周辺での軍事演習が繰り返され、また25年6月8日には中国海軍の空母が日本の硫黄島以東で活動をおこなったことが初めて確認されるなど、中国軍の太平洋方面への進出も著しい。
加えて北朝鮮も、核・ミサイル能力の向上を推し進めている。ウクライナ侵略にのめり込むロシアと、中国、北朝鮮とのあいだの軍事的提携も強化されている。
こうした情勢を踏まえ、高市早苗政権は27年と想定されていた安保3文書の改定時期を1年前倒しすることとした。26年4月27日には、3文書改定に提言をおこなう「総合的な国力から安全保障を考える有識者会議」の初会合が開かれた（メンバーは、佐々江賢一郎元駐米大使、黒江哲郎元防衛事務次官、山崎幸二元統合幕僚長など）。
3文書改定の具体的な方向性としては、スタンド・オフ防衛能力、統合防空ミサイル防衛、太平洋・シーレーン防衛、無人アセット防衛能力などに加え、宇宙・サイバー・電磁波領域における防衛能力、AIを活用した指揮・通信、同志国との連携の強化などが挙げられる。ロシア・ウクライナ戦争で見られるような、ミサイルと無人アセットを組み合わせるなどの「新しい戦い方」の教訓も、これらの議論の背景として重要である。人的基盤や、防衛生産・技術基盤の強化も無視できない。
(※1)　防衛省「我が国を取り巻く安全保障環境」。
防衛力は「基盤整備」から「脅威対抗」にシフト
これに関連して、高市政権は4月21日に、殺傷能力のある武器を含め原則輸出可能とする、禁輸措置の大幅な緩和を閣議決定した。1976年にまとめられた「武器輸出3原則」等の下で、長らく武器の事実上の全面禁輸をおこなってきた経緯を踏まえると大きな節目となる。この見直しの意義は、日本の防衛生産・技術基盤の強化のみならず、同志国と装備品およびその生産・維持整備基盤を共有することを通じた連携強化に見出すことができる。
戦後日本の防衛力整備は長らく、「基盤的防衛力構想」にもとづき、脅威を念頭に置かない防衛力整備や、防衛力の運用よりも整備自体を重視する考え方に依拠したものだった。これに対し、特に2010年代以降の防衛構想は、「脱脅威」から「脅威対抗」へ、そして「防衛力整備重視」から「運用重視」、すなわち防衛力整備のための防衛力整備ではなく、運用上の要求にもとづく防衛力整備を重視する路線へとシフトしていった。高市版の3文書も、この脅威対抗・運用重視の潮流の延長線上に位置することになるだろう。
そのうえで、とりわけポイントになると考えられるのは、「劣勢の克服」および「長期戦への備え」の二点である。伝統的な陸海空の領域における劣勢を、新領域を含む領域横断作戦で克服する必要性はますます高まっている。また、ロシアの侵略に対するウクライナ側の抵抗は5年目に入ったが、これほど事態が長期化するであろうことが侵略開始当初に予見できていたならば、プーチン大統領は攻撃を躊躇したのではないだろうか。脅威対抗・運用重視の考え方によって構築される防衛力を、劣勢の克服と長期戦への備えという点でアップグレードすることにより、抑止力を高めることが期待される。
「非核三原則」も議論の対象に
これら以外にも、今回の安保3文書改定に際して「非核三原則」（持たず、作らず、持ち込ませず）が見直されるのではないかとの声もある。たしかに高市氏個人は、これまで非核三原則の見直しを持論としていた。2024年に刊行した編著書のなかでも、22年3文書が非核三原則を「堅持する」と明記していることについて、「邪魔になる」と述べている(※2)。「持ち込ませず」の原則と、米国が日本に対し提供する拡大抑止とが矛盾するとの認識からである。
ただ、首相就任後にこの点を国会で問われた高市氏は、25年11月26日の答弁で、非核三原則を堅持しているとしたうえで、3文書改定作業において「明示的に非核三原則の見直しを指示したという事実はございません」と答えるにとどめた。
民主党政権下の2010年3月17日、岡田克也外相は国会で、核搭載米艦船の日本への一時寄港について、これを認めなければ日本の安全が守れない事態が発生したとすれば「そのときの政権が政権の命運をかけて決断」すると答弁した。すでにこの答弁により、「持ち込ませず」の意味は従来よりも明確になっていると考えられる。高市首相自身も国会答弁でこの岡田外相答弁を引き継いでいることを明言している。
そもそもこの問題は、米国の核運用態勢の在り方と密接に関係するものである。その米国は、現時点では非戦略核の艦船・航空機への搭載を中止しており、海洋発射型巡航ミサイル（SLCM-N）を搭載した攻撃型原子力潜水艦の運用といったこともおこなわれていない。報道によれば、3文書改定をめぐる与党の提言では、非核三原則の見直しは求めない方向であるとされる。今後は、非核三原則見直しの是非をめぐるものだけでなく、拡大抑止の強化という戦略的な観点からの議論を、世論を含めて日本国内でどこまで深められるかが焦点となるだろう。
(※2)　高市早苗編著『国力研究―日本列島を、強く豊かに』産経新聞出版、2024年、19頁。
米国のイラン戦争をどう見るか
安保3文書改定をめぐる議論は、トランプ米政権がイスラエルとともに2026年2月28日から開始した対イラン戦争の影響を受けることにもなるだろう。日本は22年の3文書でも、「国際法に基づく国際秩序を維持・擁護する」としているが、トランプ政権による対イラン武力行使は国際法違反の疑いが濃厚である。
こうした米国の動向が一時的な逸脱なのか長期的な趨勢となるのかによって、今後の日米同盟の在り方も問い直されることになるかもしれない。
より直接的な影響は、イラン戦争によって、東アジアに振り向けられるはずだった米国の関心やリソースが減じる恐れである。こうしたことからも、高市版安保3文書策定にあたっては、日本の自主性・主体性をより一層強調することが求められるだろう<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
<div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>高市版「安保3文書」は何を目指すのか</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>5/8(金) nippon.com</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>千々和 泰明</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>高市早苗政権が外交・安全保障政策の骨格を全面的に刷新しようとしている。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>4月末から有識者の議論に着手し、年末までに国家安全保障戦略など「安保3文書」を改定する方針だ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ウクライナ戦争で大きく変わった「戦争形態」への対応が焦点になるとともに、トランプ米政権との間合いの取り方も問われる。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>「ヤルタ体制」と「冷戦」で揺れた日本の安保政策</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>第二次世界大戦末期の1945年2月、クリミア半島のヤルタに、F・D・ローズヴェルト米大統領、チャーチル英首相、そしてソ連最高指導者スターリンの連合国3首脳が集結した。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>議題は、戦後の国際秩序構想である。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>この時3首脳が目指したのは、米ソ協調の下、ナチス・ドイツと日本軍国主義の牙を抜くことだった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>それから約半年後、日本はポツダム宣言を受諾して連合国に無条件降伏し、武装解除された。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>続いてGHQ（連合国軍最高司令官総司令部）主導で起草された新たな日本憲法では、第9条で戦力不保持がうたわれる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>日本の非軍事化こそが世界平和につながるとする、「ヤルタ体制」を地で行く措置だった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ところが本来ヤルタ体制が想定していた米ソ協調は実現せず、代わって生まれたのは米ソ対立、すなわち「冷戦」という真逆の構造だった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>この結果、日本は憲法9条を維持する一方、再軍備と日米安全保障条約で西側陣営の一員として冷戦に対応することになった。戦後日本の安全保障政策は、ヤルタ体制と冷戦のはざまでいばらの道を歩む。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>やがて冷戦が終わり、北朝鮮の瀬戸際外交、中国の軍事的台頭、「テロとの戦い」で疲弊した米国の対外関与の後退などを踏まえ、日本が安全保障の領域で「大人しくしておく」ことが平和の前提であるとする世界観は徐々に後景に退いた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>むしろ日本が安全保障領域でも積極的に働きかけていくことで、日本や世界にとって好ましい国際秩序を維持・発展させるべきだとする考え方への理解が深まるようになる。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>厳しさ増す安保環境と「新しい戦い方」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>2013年12月17日、第2次安倍晋三政権は日本初の「国家安全保障戦略」を策定し、これらは「防衛計画の大綱」（現「国家防衛戦略」）、「中期防衛力整備計画」（現「防衛力整備計画」）とあわせて「安保3文書」と称されるようになった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ロシアによるウクライナ侵略を契機に、岸田文雄政権は2022年12月16日に安保3文書を改定した。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>岸田版の3文書は、戦後日本の安全保障政策を「実践面から大きく転換するもの」とうたった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>具体的には、これまで日本が持たないとしてきた反撃能力の保有や、対GDP（国内総生産）比1％程度にとどめてきた防衛費の2％への増額などが掲げられた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>13年の安倍版3文書以来の「積極的平和主義」の理念の具現化であるといえるだろう。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかし、2022年の改定時以降も、日本を取り巻く安全保障環境はさらに厳しさを増している。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>26年の中国の国防費は公表ベースで約40兆1000億円に上った。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>10年前のほぼ倍額である。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>22年からの伸び分は約15兆4000億円で、防衛費増額をうたった日本側の伸び（約3兆6000億円）をはるかに凌駕している(※1)。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>中国は日本周辺での軍事活動も活発化させており、25年5月3日には、尖閣諸島周辺海域で中国海警船から発艦したヘリコプターが領空侵犯をおこなった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>台湾周辺での軍事演習が繰り返され、また25年6月8日には中国海軍の空母が日本の硫黄島以東で活動をおこなったことが初めて確認されるなど、中国軍の太平洋方面への進出も著しい。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>加えて北朝鮮も、核・ミサイル能力の向上を推し進めている。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ウクライナ侵略にのめり込むロシアと、中国、北朝鮮とのあいだの軍事的提携も強化されている。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>こうした情勢を踏まえ、高市早苗政権は27年と想定されていた安保3文書の改定時期を1年前倒しすることとした。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>26年4月27日には、3文書改定に提言をおこなう「総合的な国力から安全保障を考える有識者会議」の初会合が開かれた（メンバーは、佐々江賢一郎元駐米大使、黒江哲郎元防衛事務次官、山崎幸二元統合幕僚長など）。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>3文書改定の具体的な方向性としては、スタンド・オフ防衛能力、統合防空ミサイル防衛、太平洋・シーレーン防衛、無人アセット防衛能力などに加え、宇宙・サイバー・電磁波領域における防衛能力、AIを活用した指揮・通信、同志国との連携の強化などが挙げられる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ロシア・ウクライナ戦争で見られるような、ミサイルと無人アセットを組み合わせるなどの「新しい戦い方」の教訓も、これらの議論の背景として重要である。人的基盤や、防衛生産・技術基盤の強化も無視できない。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>(※1)　防衛省「我が国を取り巻く安全保障環境」。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>防衛力は「基盤整備」から「脅威対抗」にシフト</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>これに関連して、高市政権は4月21日に、殺傷能力のある武器を含め原則輸出可能とする、禁輸措置の大幅な緩和を閣議決定した。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>1976年にまとめられた「武器輸出3原則」等の下で、長らく武器の事実上の全面禁輸をおこなってきた経緯を踏まえると大きな節目となる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>この見直しの意義は、日本の防衛生産・技術基盤の強化のみならず、同志国と装備品およびその生産・維持整備基盤を共有することを通じた連携強化に見出すことができる。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>戦後日本の防衛力整備は長らく、「基盤的防衛力構想」にもとづき、脅威を念頭に置かない防衛力整備や、防衛力の運用よりも整備自体を重視する考え方に依拠したものだった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>これに対し、特に2010年代以降の防衛構想は、「脱脅威」から「脅威対抗」へ、そして「防衛力整備重視」から「運用重視」、すなわち防衛力整備のための防衛力整備ではなく、運用上の要求にもとづく防衛力整備を重視する路線へとシフトしていった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>高市版の3文書も、この脅威対抗・運用重視の潮流の延長線上に位置することになるだろう。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そのうえで、とりわけポイントになると考えられるのは、「劣勢の克服」および「長期戦への備え」の二点である。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>伝統的な陸海空の領域における劣勢を、新領域を含む領域横断作戦で克服する必要性はますます高まっている。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>また、ロシアの侵略に対するウクライナ側の抵抗は5年目に入ったが、これほど事態が長期化するであろうことが侵略開始当初に予見できていたならば、プーチン大統領は攻撃を躊躇したのではないだろうか。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>脅威対抗・運用重視の考え方によって構築される防衛力を、劣勢の克服と長期戦への備えという点でアップグレードすることにより、抑止力を高めることが期待される。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>「非核三原則」も議論の対象に</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>これら以外にも、今回の安保3文書改定に際して「非核三原則」（持たず、作らず、持ち込ませず）が見直されるのではないかとの声もある。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>たしかに高市氏個人は、これまで非核三原則の見直しを持論としていた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>2024年に刊行した編著書のなかでも、22年3文書が非核三原則を「堅持する」と明記していることについて、「邪魔になる」と述べている(※2)。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「持ち込ませず」の原則と、米国が日本に対し提供する拡大抑止とが矛盾するとの認識からである。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ただ、首相就任後にこの点を国会で問われた高市氏は、25年11月26日の答弁で、非核三原則を堅持しているとしたうえで、3文書改定作業において「明示的に非核三原則の見直しを指示したという事実はございません」と答えるにとどめた。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>民主党政権下の2010年3月17日、岡田克也外相は国会で、核搭載米艦船の日本への一時寄港について、これを認めなければ日本の安全が守れない事態が発生したとすれば「そのときの政権が政権の命運をかけて決断」すると答弁した。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>すでにこの答弁により、「持ち込ませず」の意味は従来よりも明確になっていると考えられる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>高市首相自身も国会答弁でこの岡田外相答弁を引き継いでいることを明言している。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そもそもこの問題は、米国の核運用態勢の在り方と密接に関係するものである。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>その米国は、現時点では非戦略核の艦船・航空機への搭載を中止しており、海洋発射型巡航ミサイル（SLCM-N）を搭載した攻撃型原子力潜水艦の運用といったこともおこなわれていない。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>報道によれば、3文書改定をめぐる与党の提言では、非核三原則の見直しは求めない方向であるとされる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>今後は、非核三原則見直しの是非をめぐるものだけでなく、拡大抑止の強化という戦略的な観点からの議論を、世論を含めて日本国内でどこまで深められるかが焦点となるだろう。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>(※2)　高市早苗編著『国力研究―日本列島を、強く豊かに』産経新聞出版、2024年、19頁。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>米国のイラン戦争をどう見るか</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>安保3文書改定をめぐる議論は、トランプ米政権がイスラエルとともに2026年2月28日から開始した対イラン戦争の影響を受けることにもなるだろう。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>日本は22年の3文書でも、「国際法に基づく国際秩序を維持・擁護する」としているが、トランプ政権による対イラン武力行使は国際法違反の疑いが濃厚である。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>こうした米国の動向が一時的な逸脱なのか長期的な趨勢となるのかによって、今後の日米同盟の在り方も問い直されることになるかもしれない。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>より直接的な影響は、イラン戦争によって、東アジアに振り向けられるはずだった米国の関心やリソースが減じる恐れである。こうしたことからも、高市版安保3文書策定にあたっては、日本の自主性・主体性をより一層強調することが求められるだろう</strong></span></div><a name="more"></a>

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            <category>社会・政治</category>
      <author>小だぬき</author>
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                </item>
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      <link>https://hoteiharatanuki.seesaa.net/article/520629140.html</link>
      <title>「年寄りが立ってるのが見えねぇのか!」バス車内で叫ぶ高齢男性を黙らせた乗客の一言。「座らないままバスを降りて行きました」</title>
      <pubDate>Fri, 08 May 2026 02:07:04 +0900</pubDate>
            <description>「年寄りが立ってるのが見えねぇのか!」バス車内で叫ぶ高齢男性を黙らせた乗客の一言。「座らないままバスを降りて行きました」日刊SPA! の意見 • 2026.5.7　電車やバスで席を譲る。日常の中で人々の親切心を垣間見て、暖かい気持ちになる人も多いのではないでしょうか。　しかし、中にはその親切を「権利」だと勘違いし、感謝を忘れた傲慢な大人がいるようです。◆静かな朝の楽しみと、わずかな“当たり席”　今回話を聞いたのは、都内で働く雑誌編集者の小堀さん（仮名・29歳）。出版社に入社し..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
「年寄りが立ってるのが見えねぇのか!」バス車内で叫ぶ高齢男性を黙らせた乗客の一言。「座らないままバスを降りて行きました」日刊SPA! の意見 • 2026.5.7
　電車やバスで席を譲る。日常の中で人々の親切心を垣間見て、暖かい気持ちになる人も多いのではないでしょうか。　しかし、中にはその親切を「権利」だと勘違いし、感謝を忘れた傲慢な大人がいるようです。
◆静かな朝の楽しみと、わずかな“当たり席”
　今回話を聞いたのは、都内で働く雑誌編集者の小堀さん（仮名・29歳）。出版社に入社して数年、まだ“駆け出し”と自称する彼にとって、毎朝のバス通勤は欠かせない大切な空間だそうです。
「満員電車がどうしても苦手で。多少時間がかかっても、バスのほうが落ち着くんですよ」
　自宅からターミナル駅までは、およそ30分。短すぎず長すぎないこの時間が、小堀さんにとっては“自分だけの時間”だといいます。特に好きなのは読書で、通勤用のトートバッグには常に単行本が何冊も入っているそうです。
「朝に本を読めると、その日ちょっと得した気分になるんです」
　ただし、その楽しみにはひとつ条件があります。座れることです。
　彼の乗る停留所は、大規模マンション群の近くにあり、始発に近いにもかかわらず乗客は多く、座席の確保は運次第。
「本当、ギリギリなんですよ。座れない日はもう諦めて立ってます」
　そんな中、ある日の朝は“当たり”でした。小堀さんは運よく最後部の横長シート、その端の席を確保。窓から差し込む朝日を浴びながら、最近読み始めた推理小説を開いたといいます。
「この日は本当にいいスタートでしたね。静かで、ちょうどいい揺れで」
　しかし、その穏やかな時間は、次の停留所で大きく揺らぐことになります。
◆途中から乗ってきた妊婦と老人
　バスは順調に走り、いくつかの停留所を経るうちに、車内はほぼ満席となっていました。そんな中で停車した次の停留所から、ひときわ目を引く乗客が乗り込んできます。大きく膨らんだお腹の妊婦と、その後ろに続く高齢の男性です。
「正直、どちらも大変そうだなとは思いました。でも、パッと見たときに、妊婦さんのほうが明らかに辛そうだったんです」
　というのも、その妊婦はお腹の赤ちゃんだけではなく、背中にも幼児をおんぶしていたのです。身体への負担は想像以上だったはずです。
「見てるだけで、あれはきついだろうなって思いましたね」
　その状況にいち早く反応したのは、前方に座っていた年配の女性でした。
「お母さん、こっちに座りな」
　そう声をかけ、自然な流れで席を譲ったのです。車内にほんのりと温かい空気が流れた瞬間でした。さらにその後ろにいた学生が、今度はその女性に席を譲ります。善意が連鎖する、理想的な光景です。
「すごくいい流れだなって思って見てました。ああいうのって、なかなか見られないじゃないですか」
　ところが、その空気を一変させる出来事が起きます。
◆突如響いた怒声と、凍りつく車内
「年寄りが立ってるのが見えねえのか！」
　突然、車内に響いた少し枯れた声。発したのは、先ほど妊婦の後ろに立っていた高齢男性でした。
　男性は続けて、「高齢者に席を譲るのがルールだろう」と語気を強めます。
　その言葉にはどこか一方的な主張が含まれていました。周囲の乗客たちは、一斉に視線を逸らします。明らかに空気は冷え込み、誰もが関わることを避けようとしているようでした。
「正直、あの場で何か言える人ってなかなかいないと思います。自分もそうでしたし」
　しかし高齢男性は止まりません。「老いた人間を無視するのか」「マナーがなっていない」と、次第に言葉はエスカレート。まるで酒に酔ったような口調で、不満をぶつけ続けます。
　バスの中は、先ほどまでの穏やかさが嘘のように重苦しい空気に包まれていきました。
「空気がピリついてて、本に集中なんてできる状況じゃなかったです」
　誰もが沈黙を選ぶ中、ひとりの若い男性が口を開きます。
◆勇気ある一言と、拍手のジェスチャー
　その男性は、小堀さんの一つ前の席に座っていた人物でした。静かに立ち上がると、高齢男性に向かってこう声をかけたといいます。
「俺、席替わってもいいけどさ。あなた、ちょっと威勢良すぎない？」
　車内の空気が一瞬で張り詰めます。しかし彼は言葉を続けました。
「こういうのってさ、善意でやってることなんだよ。みんなそう思ってると思うよ。ほら、ここ座りなよ」
　その口調は決して怒鳴るものではなく、あくまで冷静。それでいて、場の空気を代弁するような力強さがありました。
「すごいなって思いましたね。あの状況でああいう言い方ができるのは」
　周囲の乗客の中には、両手で拍手のジェスチャーをする人もいました。目立たないながらも、確かに“共感”がそこにはありました。
　その言葉を受けた高齢男性は、一転して静かになります。何かを小声でつぶやいた後、結局席には座らず、次の停留所で降りていったといいます。
「あの瞬間で流れが変わりましたね。正直、ほっとしました」
　再び動き出したバスの中で、小堀さんは本を開き直したそうですが、男性の勇気ある行動を目の当たりにして、少し自分に物足りなさを覚えたそうです。
【八木正規】<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
<div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「年寄りが立ってるのが見えねぇのか!」バス車内で叫ぶ高齢男性を黙らせた乗客の一言。「座らないままバスを降りて行きました」</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>日刊SPA! の意見 • 2026.5.7</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　電車やバスで席を譲る。日常の中で人々の親切心を垣間見て、暖かい気持ちになる人も多いのではないでしょうか。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　しかし、中にはその親切を「権利」だと勘違いし、感謝を忘れた傲慢な大人がいるようです。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>◆静かな朝の楽しみと、わずかな“当たり席”</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　今回話を聞いたのは、都内で働く雑誌編集者の小堀さん（仮名・29歳）。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>出版社に入社して数年、まだ“駆け出し”と自称する彼にとって、毎朝のバス通勤は欠かせない大切な空間だそうです。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「満員電車がどうしても苦手で。多少時間がかかっても、バスのほうが落ち着くんですよ」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　自宅からターミナル駅までは、およそ30分。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>短すぎず長すぎないこの時間が、小堀さんにとっては“自分だけの時間”だといいます。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>特に好きなのは読書で、通勤用のトートバッグには常に単行本が何冊も入っているそうです。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「朝に本を読めると、その日ちょっと得した気分になるんです」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　ただし、その楽しみにはひとつ条件があります。座れることです。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　彼の乗る停留所は、大規模マンション群の近くにあり、始発に近いにもかかわらず乗客は多く、座席の確保は運次第。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「本当、ギリギリなんですよ。座れない日はもう諦めて立ってます」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　そんな中、ある日の朝は“当たり”でした。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>小堀さんは運よく最後部の横長シート、その端の席を確保。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>窓から差し込む朝日を浴びながら、最近読み始めた推理小説を開いたといいます。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「この日は本当にいいスタートでしたね。静かで、ちょうどいい揺れで」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　しかし、その穏やかな時間は、次の停留所で大きく揺らぐことになります。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>◆途中から乗ってきた妊婦と老人</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　バスは順調に走り、いくつかの停留所を経るうちに、車内はほぼ満席となっていました。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そんな中で停車した次の停留所から、ひときわ目を引く乗客が乗り込んできます。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>大きく膨らんだお腹の妊婦と、その後ろに続く高齢の男性です。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「正直、どちらも大変そうだなとは思いました。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>でも、パッと見たときに、妊婦さんのほうが明らかに辛そうだったんです」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　というのも、その妊婦はお腹の赤ちゃんだけではなく、背中にも幼児をおんぶしていたのです。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>身体への負担は想像以上だったはずです。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「見てるだけで、あれはきついだろうなって思いましたね」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　その状況にいち早く反応したのは、前方に座っていた年配の女性でした。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「お母さん、こっちに座りな」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　そう声をかけ、自然な流れで席を譲ったのです。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>車内にほんのりと温かい空気が流れた瞬間でした。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>さらにその後ろにいた学生が、今度はその女性に席を譲ります。善意が連鎖する、理想的な光景です。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「すごくいい流れだなって思って見てました。ああいうのって、なかなか見られないじゃないですか」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　ところが、その空気を一変させる出来事が起きます。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>◆突如響いた怒声と、凍りつく車内</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「年寄りが立ってるのが見えねえのか！」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　突然、車内に響いた少し枯れた声。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>発したのは、先ほど妊婦の後ろに立っていた高齢男性でした。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　男性は続けて、「高齢者に席を譲るのがルールだろう」と語気を強めます。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　その言葉にはどこか一方的な主張が含まれていました。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>周囲の乗客たちは、一斉に視線を逸らします。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>明らかに空気は冷え込み、誰もが関わることを避けようとしているようでした。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「正直、あの場で何か言える人ってなかなかいないと思います。自分もそうでしたし」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　しかし高齢男性は止まりません。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「老いた人間を無視するのか」「マナーがなっていない」と、次第に言葉はエスカレート。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>まるで酒に酔ったような口調で、不満をぶつけ続けます。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　バスの中は、先ほどまでの穏やかさが嘘のように重苦しい空気に包まれていきました。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「空気がピリついてて、本に集中なんてできる状況じゃなかったです」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　誰もが沈黙を選ぶ中、ひとりの若い男性が口を開きます。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>◆勇気ある一言と、拍手のジェスチャー</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　その男性は、小堀さんの一つ前の席に座っていた人物でした。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>静かに立ち上がると、高齢男性に向かってこう声をかけたといいます。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「俺、席替わってもいいけどさ。あなた、ちょっと威勢良すぎない？」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　車内の空気が一瞬で張り詰めます。しかし彼は言葉を続けました。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「こういうのってさ、善意でやってることなんだよ。みんなそう思ってると思うよ。ほら、ここ座りなよ」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　その口調は決して怒鳴るものではなく、あくまで冷静。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>それでいて、場の空気を代弁するような力強さがありました。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「すごいなって思いましたね。あの状況でああいう言い方ができるのは」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　周囲の乗客の中には、両手で拍手のジェスチャーをする人もいました。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>目立たないながらも、確かに“共感”がそこにはありました。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　その言葉を受けた高齢男性は、一転して静かになります。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>何かを小声でつぶやいた後、結局席には座らず、次の停留所で降りていったといいます。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「あの瞬間で流れが変わりましたね。正直、ほっとしました」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　再び動き出したバスの中で、小堀さんは本を開き直したそうですが、男性の勇気ある行動を目の当たりにして、少し自分に物足りなさを覚えたそうです。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>【八木正規】</strong></span></div><a name="more"></a>

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            <category>社会・政治</category>
      <author>小だぬき</author>
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                </item>
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      <link>https://hoteiharatanuki.seesaa.net/article/520628847.html</link>
      <title>『五月病』３つのサイン　“ちゃんとしている人”ほど気を付けて　異変見逃さずストレスフリーな生活を</title>
      <pubDate>Fri, 08 May 2026 00:46:12 +0900</pubDate>
            <description>『五月病』３つのサイン　“ちゃんとしている人”ほど気を付けて　異変見逃さずストレスフリーな生活を5/7(木) 福島テレビhttps://news.yahoo.co.jp/articles/ed7bdf9de75b76c12bd4e25f5bc5863110acdc49進学や就職など、新たな環境が始まって1カ月。心身の疲れが現れてくるのが「五月病」だ。臨床心理士で郡山メンタルサポートの冨森崇さんは「環境の変化は本人が思っているよりもココロのエネルギーを使って、その消耗にようやく..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
『五月病』３つのサイン　“ちゃんとしている人”ほど気を付けて　異変見逃さずストレスフリーな生活を5/7(木) 福島テレビhttps://news.yahoo.co.jp/articles/ed7bdf9de75b76c12bd4e25f5bc5863110acdc49
進学や就職など、新たな環境が始まって1カ月。心身の疲れが現れてくるのが「五月病」だ。
臨床心理士で郡山メンタルサポートの冨森崇さんは「環境の変化は本人が思っているよりもココロのエネルギーを使って、その消耗にようやく気づけるタイミング」と説明する。
冨森さんによると、五月病の症状には3つのサインがあるという。
１つ目は、眠れない疲れが取れないといった【体のサイン】。
２つ目は、なんとなく気分が沈む【心のサイン】。
そして、人に会うのが億劫になるなどの【行動のサイン】。
冨森さんは「まじめでがんばり屋で人に気を使う人ほど、なりやすいかなと思う。周りからすると“ちゃんとしている人”というのが、危ない」と指摘する。
親しい人と交流したり趣味に没頭する時間を作ったりして、ストレスをため込まないことも大切だ。
一方、学校に行きたがらない子どもも増える時期。
子どもたちの行動を受け止め、急がず待ってあげることが重要だという。
「自分の思いや気持ちを言葉にすることが難しい。だからこそ、言葉にならない気持ちを受け止めてもらえるというのは、すごく安心する」と冨森さんは話す。
忙しい毎日が再スタートする今、心の健康と向き合う良い機会かもしれない。<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
<div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>『五月病』３つのサイン　“ちゃんとしている人”ほど気を付けて　異変見逃さずストレスフリーな生活を</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>5/7(木) 福島テレビ</strong></span></div><div><a href="https://news.yahoo.co.jp/articles/ed7bdf9de75b76c12bd4e25f5bc5863110acdc49" target="_blank">https://news.yahoo.co.jp/articles/ed7bdf9de75b76c12bd4e25f5bc5863110acdc49</a></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>進学や就職など、新たな環境が始まって1カ月。心身の疲れが現れてくるのが「五月病」だ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>臨床心理士で郡山メンタルサポートの冨森崇さんは「環境の変化は本人が思っているよりもココロのエネルギーを使って、その消耗にようやく気づけるタイミング」と説明する。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>冨森さんによると、五月病の症状には3つのサインがあるという。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>１つ目は、眠れない疲れが取れないといった【体のサイン】。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>２つ目は、なんとなく気分が沈む【心のサイン】。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そして、人に会うのが億劫になるなどの【行動のサイン】。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>冨森さんは「まじめでがんばり屋で人に気を使う人ほど、なりやすいかなと思う。周りからすると“ちゃんとしている人”というのが、危ない」と指摘する。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>親しい人と交流したり趣味に没頭する時間を作ったりして、ストレスをため込まないことも大切だ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>一方、学校に行きたがらない子どもも増える時期。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>子どもたちの行動を受け止め、急がず待ってあげることが重要だという。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「自分の思いや気持ちを言葉にすることが難しい。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>だからこそ、言葉にならない気持ちを受け止めてもらえるというのは、すごく安心する」と冨森さんは話す。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>忙しい毎日が再スタートする今、心の健康と向き合う良い機会かもしれない。</strong></span></div><a name="more"></a>

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            <category>社会・政治</category>
      <author>小だぬき</author>
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      <link>https://hoteiharatanuki.seesaa.net/article/520617538.html</link>
      <title>戦闘では圧倒的優位の米国が「戦争」に勝てない理由…「政界の目標が不明確」</title>
      <pubDate>Thu, 07 May 2026 01:00:00 +0900</pubDate>
            <description>戦闘では圧倒的優位の米国が「戦争」に勝てない理由…「政界の目標が不明確」5/6(水) ハンギョレ新聞　米国・イスラエルとイランの戦争は、「世界最強」と言われる米軍の戦力を試す試金石だった。2カ月以上にわたって続いている戦争で明らかになった米軍の軍事力は、「名実ともに」強大だったというのが大方の見方だ。開戦直後に敵の領空を掌握し、精密兵器で首脳部を殺害する戦果は、いかなる軍事大国も真似できないものだ。ただし、米軍は戦闘では圧倒しながらも、戦争そのものは勝利を収めていない。今回も..</description>
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戦闘では圧倒的優位の米国が「戦争」に勝てない理由…「政界の目標が不明確」5/6(水) ハンギョレ新聞
　米国・イスラエルとイランの戦争は、「世界最強」と言われる米軍の戦力を試す試金石だった。2カ月以上にわたって続いている戦争で明らかになった米軍の軍事力は、「名実ともに」強大だったというのが大方の見方だ。開戦直後に敵の領空を掌握し、精密兵器で首脳部を殺害する戦果は、いかなる軍事大国も真似できないものだ。
ただし、米軍は戦闘では圧倒しながらも、戦争そのものは勝利を収めていない。今回も政界が掲げた不明確な目標のもとで戦いを始め、戦争の泥沼に陥るという「慢性的な問題」が繰り返されたとみられている。
■ 1万回を超える出撃で損失は2機にすぎず
　4日、中東全域を管轄する米中央軍が公開した資料によると、米軍が米・イスラエルとイランとの戦争において、先月7日の停戦宣言前までに動員した軍用機は26種に及ぶ。現存する最強の戦闘機とされるF-22やステルス爆撃機B-2、自爆ドローン「ルーカス」など、最先端の戦力が幅広く登場した。
　戦争が始まった2月28日から4月1日までの32日間、米軍機の出撃回数は1万2千回以上だった。イラン革命防衛隊の指揮部や軍用格納庫、ミサイル発射台など1万3千カ所以上の目標を空爆し、155隻以上の敵の艦船に損傷を与え撃沈させたと中央軍は発表した。イランの最高指導者アリ・ハメネイ師が戦争初日に死亡するなど、政権指導部も爆撃により相次いで殺害された。
　これに比べ、米軍の損失は少なかった。有人航空機が敵の防空兵器に撃墜されたのは、4月2日の戦闘機F-15が1機と地上攻撃機A-10が1機のみだった。戦死者は計13名だった。地上に設置されていた早期警戒管制機などがイランの爆撃で破壊されたが、空母などに搭載された艦載機や艦船が被弾したことはなかった。
　これは現代戦では珍しい「交換比」だというのが大方の評価だ。1991年の湾岸戦争で「砂漠の嵐」作戦を立案した米空軍予備役の中将デビッド・デプトゥラ氏は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の取材に対し、「戦争開始から1カ月が経って初めて戦闘損失（撃墜）が発生したのは驚くべきことだ」と指摘した。湾岸戦争では、米軍が43日間で42機の戦闘機を失った。特に、米軍が4月5日にイラン西部の高原で孤立したF-15のパイロットを救出したことは、複数の兵科が投入された巧みな協同作戦と評価される。155機の米軍航空機と特殊部隊員がイラン革命防衛隊と交戦した末、人的被害なく救出作戦を成功させた。
　フランス国際関係研究所（IFRI）のステファン・オードラン研究員はハンギョレの取材に対し、「ベネズエラ（のニコラス・マドゥロ大統領の逮捕作戦）からイランとの戦争に至るまで、米軍は空・海における多領域作戦における火力や複雑性の管理、作戦遂行能力など、あらゆる面で同盟国や競争国を大きく引き離している。イスラエルだけが、空域と自国周辺地域に限り、米軍の能力に迫っているといえる」と評価した。
■固まった「地上軍投入は控える」方針
　ただし、米国の戦争継続能力には疑問符が付いた。湾岸諸国や米軍基地を保護する迎撃ミサイルが急速に消耗しているためだ。
　米国の外交・安全保障シンクタンクの戦略国際問題研究所（CSIS）は、先月21日に発表した報告書で、米軍が高高度防衛ミサイル（THAAD）360発のうち190～290発、パトリオットミサイル2330発のうち最大1430発を消費したと推計した。これらを再生産するには、発注後それぞれ47カ月、42カ月を要する。
　攻撃用ミサイルは種類ごとに、戦前の水準に比べ70％前後の在庫を残している。米軍はトマホーク3100発のうち1000発以上、合同空対地長距離ミサイル（JASSM）4400発のうち1100発をイランに向けて発射した。米軍は通常爆弾に統合精密直撃弾（JDAM）の誘導装置などを装着して投下する方法でミサイルを節約している。
　これは、自爆ドローンや弾道ミサイルなど非対称戦力を動員したイランの反撃が予想以上に強かった結果だ。防空兵器で中東全域の基地を防衛するのをはじめ、地下バンカーや海岸に点在する敵の発射台を破壊するために火力が消費されているのだ。
　ドイツのロバート・ボッシュ・アカデミーのブラマ・チェラニ研究員は、最近のル・モンド紙への寄稿で、「イランの安全保障教義の基盤は、弾道・巡航ミサイル、ドローン、代理勢力ネットワークなどの非対称軍事能力を国境の外にまで展開する『前方防衛』だ」とし、 「こうした兵器体系は勝利を収めるためではなく、（広範な地域で敵を苦しめ）敵の勝利を阻止するために設計された」と指摘した。さらに「米国はこうした落とし穴を事前に予見すべきだった」と述べた。
　「地上軍の投入への躊躇」も米国が今回の戦争で露呈した弱点だ。ドナルド・トランプ米大統領は3月、海兵隊5千人をイラン一帯に展開し、イランの石油輸出拠点であるカーグ島などに上陸させると脅したが、地上軍の投入には踏み切らなかった。これだけの兵力でイラク領土の4倍に及ぶイランを掌握するのは困難である上、地上戦による人的被害の拡大も負担となるためだ。
　オードラン研究員は「あらゆる紛争は結局、地上軍の介入、あるいはそうするという威嚇を通じて解決される」とし、「米国が地上軍の投入に対して抱いている恐怖が、（戦争において）戦力を維持する上での障害となっている」と指摘した。
■「巧みな空爆を行ったからといって戦争に勝てるわけではない」
　結局、今回の戦争は、米軍が空爆で圧倒的な成果を上げながらも、戦略的目標を達成できない様相を呈している。ピート・ヘグセス米国防長官とダン・ケイン統合参謀本部議長は、イランとの停戦発表の翌日である4月8日の記者会見で、「イランの弾道ミサイル貯蔵庫450カ所」など、「ミサイル施設の80％以上を破壊した」と主張した。
　しかし、イランは停戦直前までドローンやミサイルを発射し続けた。イランが残したドローンや弾頭がどれほどあるのか、損失分をどれほど早く埋め合わせられるのか、米国は言及していない。イランの核開発能力が何年遅れたのかも、やはり未知数だ。トランプ大統領は2月28日、この戦争によって「イラン政権の差し迫った脅威を除去し、米国民を守る」と述べたが、依然としてこれを達成できていないことになる。
　米国の安全保障専門メディア「ウォー・オン・ザ・ロックス（War on the Rocks）」は「イランの軍事能力の低下だけを『勝利』と定義しない限り、誰も米国がこの戦争で勝利していると断言できない」とし、「米国はイランとの戦争において、明確に特定可能な政治的目標を実現できなかった」と分析した。
　これは、大統領をはじめとする政界が、穴だらけの戦争戦略を立てたためだという声もあがっている。戦争目標をイラン政権交代、核能力の無力化、「イラン国民の自由」など、バラバラのものを掲げた上、地上軍の投入計画や補給など、これを達成するための手段を十分に整えていなかったことが原因という指摘だ。
イスラエルのメディア「ワイネット」は、トランプ大統領が2月11日にホワイトハウスでイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相から「イラン指導部の殺害→街頭デモの誘発」を骨子とした戦略を聞き、イランとの戦争を決意したと最近報じた。J・D・バンス副大統領、ジョン・ラトクリフ中央情報局長官など米国の首脳部はこの計画に反対したが、その後3週間も経たないうちに米国は戦争に踏み切った。
　特に米国は、イランによるホルムズ海峡封鎖に事前の備えができていなかった結果、終戦交渉においても優位に立てずにいる。イランは米国に提案した和平案の中で、通航料徴収のような海峡の統制権を要求しているという。「ウォー・オン・ザ・ロックス」は、「トランプ政権は、戦争初期にイラン政権がカードの家のように崩れ落ちるだろうと想定していたようだ。ところが、あらゆる事態に効果的に対応する戦略がなかった」と指摘した。
　専門家たちは、米軍が数年にわたる戦争の末に敗北して撤退したベトナムとアフガニスタンの教訓を、イランで再び見出している。オードラン研究員は「戦術的な成功の積み重ねが必ずしも『戦略的効果』を生み出すわけではない。これは20世紀初頭から米軍に繰り返し現れる問題だ」とし、「米国は誰よりも巧みに爆撃できるが、それだけでは勝利の方程式は成立しない」と指摘した。
チョン・ホソン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
<div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>戦闘では圧倒的優位の米国が「戦争」に勝てない理由…「政界の目標が不明確」</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>5/6(水) ハンギョレ新聞</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　米国・イスラエルとイランの戦争は、「世界最強」と言われる米軍の戦力を試す試金石だった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>2カ月以上にわたって続いている戦争で明らかになった米軍の軍事力は、「名実ともに」強大だったというのが大方の見方だ。開戦直後に敵の領空を掌握し、精密兵器で首脳部を殺害する戦果は、いかなる軍事大国も真似できないものだ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ただし、米軍は戦闘では圧倒しながらも、戦争そのものは勝利を収めていない。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>今回も政界が掲げた不明確な目標のもとで戦いを始め、戦争の泥沼に陥るという「慢性的な問題」が繰り返されたとみられている。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>■ 1万回を超える出撃で損失は2機にすぎず</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　4日、中東全域を管轄する米中央軍が公開した資料によると、米軍が米・イスラエルとイランとの戦争において、先月7日の停戦宣言前までに動員した軍用機は26種に及ぶ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>現存する最強の戦闘機とされるF-22やステルス爆撃機B-2、自爆ドローン「ルーカス」など、最先端の戦力が幅広く登場した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　戦争が始まった2月28日から4月1日までの32日間、米軍機の出撃回数は1万2千回以上だった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>イラン革命防衛隊の指揮部や軍用格納庫、ミサイル発射台など1万3千カ所以上の目標を空爆し、155隻以上の敵の艦船に損傷を与え撃沈させたと中央軍は発表した。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>イランの最高指導者アリ・ハメネイ師が戦争初日に死亡するなど、政権指導部も爆撃により相次いで殺害された。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　これに比べ、米軍の損失は少なかった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>有人航空機が敵の防空兵器に撃墜されたのは、4月2日の戦闘機F-15が1機と地上攻撃機A-10が1機のみだった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>戦死者は計13名だった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>地上に設置されていた早期警戒管制機などがイランの爆撃で破壊されたが、空母などに搭載された艦載機や艦船が被弾したことはなかった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　これは現代戦では珍しい「交換比」だというのが大方の評価だ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>1991年の湾岸戦争で「砂漠の嵐」作戦を立案した米空軍予備役の中将デビッド・デプトゥラ氏は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の取材に対し、「戦争開始から1カ月が経って初めて戦闘損失（撃墜）が発生したのは驚くべきことだ」と指摘した。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>湾岸戦争では、米軍が43日間で42機の戦闘機を失った。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>特に、米軍が4月5日にイラン西部の高原で孤立したF-15のパイロットを救出したことは、複数の兵科が投入された巧みな協同作戦と評価される。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>155機の米軍航空機と特殊部隊員がイラン革命防衛隊と交戦した末、人的被害なく救出作戦を成功させた。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　フランス国際関係研究所（IFRI）のステファン・オードラン研究員はハンギョレの取材に対し、「ベネズエラ（のニコラス・マドゥロ大統領の逮捕作戦）からイランとの戦争に至るまで、米軍は空・海における多領域作戦における火力や複雑性の管理、作戦遂行能力など、あらゆる面で同盟国や競争国を大きく引き離している。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>イスラエルだけが、空域と自国周辺地域に限り、米軍の能力に迫っているといえる」と評価した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>■固まった「地上軍投入は控える」方針</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　ただし、米国の戦争継続能力には疑問符が付いた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>湾岸諸国や米軍基地を保護する迎撃ミサイルが急速に消耗しているためだ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　米国の外交・安全保障シンクタンクの戦略国際問題研究所（CSIS）は、先月21日に発表した報告書で、米軍が高高度防衛ミサイル（THAAD）360発のうち190～290発、パトリオットミサイル2330発のうち最大1430発を消費したと推計した。これらを再生産するには、発注後それぞれ47カ月、42カ月を要する。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　攻撃用ミサイルは種類ごとに、戦前の水準に比べ70％前後の在庫を残している。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>米軍はトマホーク3100発のうち1000発以上、合同空対地長距離ミサイル（JASSM）4400発のうち1100発をイランに向けて発射した。米軍は通常爆弾に統合精密直撃弾（JDAM）の誘導装置などを装着して投下する方法でミサイルを節約している。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　これは、自爆ドローンや弾道ミサイルなど非対称戦力を動員したイランの反撃が予想以上に強かった結果だ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>防空兵器で中東全域の基地を防衛するのをはじめ、地下バンカーや海岸に点在する敵の発射台を破壊するために火力が消費されているのだ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　ドイツのロバート・ボッシュ・アカデミーのブラマ・チェラニ研究員は、最近のル・モンド紙への寄稿で、「イランの安全保障教義の基盤は、弾道・巡航ミサイル、ドローン、代理勢力ネットワークなどの非対称軍事能力を国境の外にまで展開する『前方防衛』だ」とし、 「こうした兵器体系は勝利を収めるためではなく、（広範な地域で敵を苦しめ）敵の勝利を阻止するために設計された」と指摘した。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>さらに「米国はこうした落とし穴を事前に予見すべきだった」と述べた。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　「地上軍の投入への躊躇」も米国が今回の戦争で露呈した弱点だ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ドナルド・トランプ米大統領は3月、海兵隊5千人をイラン一帯に展開し、イランの石油輸出拠点であるカーグ島などに上陸させると脅したが、地上軍の投入には踏み切らなかった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>これだけの兵力でイラク領土の4倍に及ぶイランを掌握するのは困難である上、地上戦による人的被害の拡大も負担となるためだ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　オードラン研究員は「あらゆる紛争は結局、地上軍の介入、あるいはそうするという威嚇を通じて解決される」とし、「米国が地上軍の投入に対して抱いている恐怖が、（戦争において）戦力を維持する上での障害となっている」と指摘した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>■「巧みな空爆を行ったからといって戦争に勝てるわけではない」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　結局、今回の戦争は、米軍が空爆で圧倒的な成果を上げながらも、戦略的目標を達成できない様相を呈している。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ピート・ヘグセス米国防長官とダン・ケイン統合参謀本部議長は、イランとの停戦発表の翌日である4月8日の記者会見で、「イランの弾道ミサイル貯蔵庫450カ所」など、「ミサイル施設の80％以上を破壊した」と主張した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　しかし、イランは停戦直前までドローンやミサイルを発射し続けた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>イランが残したドローンや弾頭がどれほどあるのか、損失分をどれほど早く埋め合わせられるのか、米国は言及していない。イランの核開発能力が何年遅れたのかも、やはり未知数だ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>トランプ大統領は2月28日、この戦争によって「イラン政権の差し迫った脅威を除去し、米国民を守る」と述べたが、依然としてこれを達成できていないことになる。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　米国の安全保障専門メディア「ウォー・オン・ザ・ロックス（War on the Rocks）」は「イランの軍事能力の低下だけを『勝利』と定義しない限り、誰も米国がこの戦争で勝利していると断言できない」とし、「米国はイランとの戦争において、明確に特定可能な政治的目標を実現できなかった」と分析した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　これは、大統領をはじめとする政界が、穴だらけの戦争戦略を立てたためだという声もあがっている。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>戦争目標をイラン政権交代、核能力の無力化、「イラン国民の自由」など、バラバラのものを掲げた上、地上軍の投入計画や補給など、これを達成するための手段を十分に整えていなかったことが原因という指摘だ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>イスラエルのメディア「ワイネット」は、トランプ大統領が2月11日にホワイトハウスでイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相から「イラン指導部の殺害→街頭デモの誘発」を骨子とした戦略を聞き、イランとの戦争を決意したと最近報じた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>J・D・バンス副大統領、ジョン・ラトクリフ中央情報局長官など米国の首脳部はこの計画に反対したが、その後3週間も経たないうちに米国は戦争に踏み切った。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　特に米国は、イランによるホルムズ海峡封鎖に事前の備えができていなかった結果、終戦交渉においても優位に立てずにいる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>イランは米国に提案した和平案の中で、通航料徴収のような海峡の統制権を要求しているという。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「ウォー・オン・ザ・ロックス」は、「トランプ政権は、戦争初期にイラン政権がカードの家のように崩れ落ちるだろうと想定していたようだ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ところが、あらゆる事態に効果的に対応する戦略がなかった」と指摘した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　専門家たちは、米軍が数年にわたる戦争の末に敗北して撤退したベトナムとアフガニスタンの教訓を、イランで再び見出している。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>オードラン研究員は「戦術的な成功の積み重ねが必ずしも『戦略的効果』を生み出すわけではない。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>これは20世紀初頭から米軍に繰り返し現れる問題だ」とし、「米国は誰よりも巧みに爆撃できるが、それだけでは勝利の方程式は成立しない」と指摘した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>チョン・ホソン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )</strong></span></div><a name="more"></a>

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            <category>社会・政治</category>
      <author>小だぬき</author>
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                </item>
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      <link>https://hoteiharatanuki.seesaa.net/article/520617233.html</link>
      <title>B-29への体当たり攻撃　震天制空隊の真実</title>
      <pubDate>Thu, 07 May 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>B-29への体当たり攻撃　震天制空隊の真実5/6(水) WEB歴史街道B-29迎撃戦で撃墜王と称される小林照彦の戦いぶりとは太平洋戦争中、日本の本土防空戦における最大の脅威は、アメリカ陸軍の大型戦略爆撃機B-29「スーパーフォートレス」（超空の要塞）であった。日本軍は、陸海軍ともに特性のある局地戦闘機を繰りだし、壮絶な戦いをくりひろげた。ここでは、B-29迎撃戦で撃墜王と称される小林照彦（てるひこ）の戦いぶりを通して、本土防空戦の一端を紹介しよう。※本稿は、『歴史街道』202..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
B-29への体当たり攻撃　震天制空隊の真実5/6(水) WEB歴史街道
B-29迎撃戦で撃墜王と称される小林照彦の戦いぶりとは
太平洋戦争中、日本の本土防空戦における最大の脅威は、アメリカ陸軍の大型戦略爆撃機B-29「スーパーフォートレス」（超空の要塞）であった。
日本軍は、陸海軍ともに特性のある局地戦闘機を繰りだし、壮絶な戦いをくりひろげた。ここでは、B-29迎撃戦で撃墜王と称される小林照彦（てるひこ）の戦いぶりを通して、本土防空戦の一端を紹介しよう。※本稿は、『歴史街道』2024年5月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。
生還へ、一縷の望みを託した落下傘
昭和19年（1944）11月、高松の林飛行場で教官をしていた小林照彦大尉は、帝都防衛を担う第一〇飛行師団麾下の飛行第二四四戦隊長に抜擢され、東京・調布飛行場に着任した。このとき24歳。陸軍の飛行戦隊長としては最年少である。
小林は昭和15年（1940）、陸軍士官学校を卒業。太平洋戦争緒戦の香港作戦に軽爆撃機で参加。その後、茨城県鉾田の飛行学校で襲撃機（対地攻撃機）を習得。三重県の明野陸軍飛行学校で戦闘機教育を受けた。
着任した二四四戦隊には、日本軍では唯一の液冷エンジンを備えた流線形の戦闘機「飛燕」が配備されている。
小林が着任する直前、同師団の各戦隊4機ずつでB-29への体当たり攻撃をする特別攻撃隊が編制されていた。爆弾を抱えての敵艦への特攻と異なり、隊員は一縷の望みを託して落下傘を装着する。
12月3日午後、小林は東京上空において、初めてB-29を迎撃した。
飛燕の上昇限度は高度11000メートル。実際には8000メートルで機動力が著しく落ちるため防弾鋼板を外し、機関砲1門につき300発の弾丸を50発に減らしている。防寒のために着用する電熱被服を使うと電圧が下がって射撃できず、無線電話も不具合を起こすため、電熱なしである。蓄電池は重いため積んでいない。身体は凍え、酸素マスクをしていても頭が朦朧となりかける（のちに酸素発生剤を使用）。
それでも、率先空中指揮を信条とする小林は気力を振り絞り、敵編隊の一番機へ突進した。とたんに正面だけでなく、左右後方のB-29が機銃弾を浴びせてくる。エンジンに被弾し、飛燕は制御不能となる。前部が火炎に包まれ、機体はみるみる降下。小林は風防をスライドして開けると、主翼右側から宙に飛んだ。開傘索を引くと、傘が勢いよく開く...。
基地にもどると、特別攻撃隊の四宮徹中尉、中野松美伍長、板垣政雄伍長がB-29に体当たりしたうえ、生還を果たしていた。
このうち四宮は、爆弾投下中の編隊に突進。右主翼に被弾したが、最後尾機を狙って突っ込み、右主翼外側のエンジンに激突した。搭乗機の左主翼が飛び散り、錐揉み状態で落下したが、幸い途中で機体が安定したことから、片翼飛行で着陸を果たした。
ラジオや新聞各紙は、片翼飛行の四宮中尉を中心に「奇跡の生還」と大々的に報じ、国威発揚につなげた。防衛総司令部総司令官の東久邇稔彦大将により、特別攻撃隊は「震天制空隊（震天隊）」と命名される。
生還、そしてまた迎撃戦へ
昭和20年1月27日、小林は甲府上空でB-29 14機の編隊を迎撃し、二番機に体当たりした。愛機は大破し、落下するが、小林は必死に操縦席から脱出し、かろうじて落下傘降下して生還した。
2月に入ると、F6FやF4Uなど敵機動部隊の艦上戦闘機が、東京など大都市に大挙来襲してきた。過酷な空中戦の連続で、陸海軍搭乗員の戦死が相次ぐ。
4月に入ると、マリアナ諸島からのB-29の大編隊に、硫黄島 （3月下旬陥落）から発進した最新鋭の陸軍戦闘機P-51ムスタングが随伴するようになった。P-51は手ごわく、B-29への接近さえ至難の業となる。
4月12日、小林は戦爆連合で来襲した敵機の迎撃に単機で立ち向かった。東京北方でB-29の編隊を捕捉。山梨県の大月付近まで追撃し、1機を撃破する。次の瞬間、護衛のF6Fの猛射を浴び、機体は火だるまになった。
小林は死に物狂いで機外に飛び出し、落下傘降下。落下傘は松の木にひっかかり、身体は灌木に投げ出された。小林は右足に銃創を負って陸軍病院に入院する。が、数日後には帰隊し、迎撃戦に再び加わった。
5月15日、二四四戦隊に第一総軍司令官・杉山元元帥より感状が授与された。個人感状ではなく部隊感状にしてほしいとの小林の希望による。小林は少佐に進級した。
4月下旬、二四四戦隊に、飛燕のエンジンを液冷から空冷に換装した五式戦闘機が配備されるようになった。
小林にとって辛かったのは、5月から鹿児島県の知覧基地で、沖縄への特攻機の護衛を命じられたことである（海軍の特攻基地は鹿屋、串良など）。この間、4月29日には、片翼生還で勇名を馳せた四宮中尉が第一九振武隊特攻隊員として出撃、戦死している。
小林は、滋賀県の八日市で終戦を迎えた。
震天隊によるB-29の撃墜数は73機、撃破数92機（高木晃治、ヘンリー・サカイダ著『B-29対日本陸軍戦闘機』）。小林の敵機撃墜数は12機といわれる。
戦後、小林は民間会社を経て、航空自衛隊に入隊。第一飛行団第一飛行隊長として教官をしていた昭和32年（1957）6月4日、練習機の墜落事故で殉職した。
松田十刻<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
<div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>B-29への体当たり攻撃　震天制空隊の真実</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>5/6(水) WEB歴史街道</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>B-29迎撃戦で撃墜王と称される小林照彦の戦いぶりとは</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>太平洋戦争中、日本の本土防空戦における最大の脅威は、アメリカ陸軍の大型戦略爆撃機B-29「スーパーフォートレス」（超空の要塞）であった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>日本軍は、陸海軍ともに特性のある局地戦闘機を繰りだし、壮絶な戦いをくりひろげた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ここでは、B-29迎撃戦で撃墜王と称される小林照彦（てるひこ）の戦いぶりを通して、本土防空戦の一端を紹介しよう。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 10pt;"><strong>※本稿は、『歴史街道』2024年5月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>生還へ、一縷の望みを託した落下傘</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>昭和19年（1944）11月、高松の林飛行場で教官をしていた小林照彦大尉は、帝都防衛を担う第一〇飛行師団麾下の飛行第二四四戦隊長に抜擢され、東京・調布飛行場に着任した。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>このとき24歳。陸軍の飛行戦隊長としては最年少である。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>小林は昭和15年（1940）、陸軍士官学校を卒業。太平洋戦争緒戦の香港作戦に軽爆撃機で参加。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>その後、茨城県鉾田の飛行学校で襲撃機（対地攻撃機）を習得。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>三重県の明野陸軍飛行学校で戦闘機教育を受けた。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>着任した二四四戦隊には、日本軍では唯一の液冷エンジンを備えた流線形の戦闘機「飛燕」が配備されている。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>小林が着任する直前、同師団の各戦隊4機ずつでB-29への体当たり攻撃をする特別攻撃隊が編制されていた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>爆弾を抱えての敵艦への特攻と異なり、隊員は一縷の望みを託して落下傘を装着する。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>12月3日午後、小林は東京上空において、初めてB-29を迎撃した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>飛燕の上昇限度は高度11000メートル。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>実際には8000メートルで機動力が著しく落ちるため防弾鋼板を外し、機関砲1門につき300発の弾丸を50発に減らしている。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>防寒のために着用する電熱被服を使うと電圧が下がって射撃できず、無線電話も不具合を起こすため、電熱なしである。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>蓄電池は重いため積んでいない。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>身体は凍え、酸素マスクをしていても頭が朦朧となりかける（のちに酸素発生剤を使用）。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>それでも、率先空中指揮を信条とする小林は気力を振り絞り、敵編隊の一番機へ突進した。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>とたんに正面だけでなく、左右後方のB-29が機銃弾を浴びせてくる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>エンジンに被弾し、飛燕は制御不能となる。前部が火炎に包まれ、機体はみるみる降下。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>小林は風防をスライドして開けると、主翼右側から宙に飛んだ。開傘索を引くと、傘が勢いよく開く...。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>基地にもどると、特別攻撃隊の四宮徹中尉、中野松美伍長、板垣政雄伍長がB-29に体当たりしたうえ、生還を果たしていた。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>このうち四宮は、爆弾投下中の編隊に突進。右主翼に被弾したが、最後尾機を狙って突っ込み、右主翼外側のエンジンに激突した。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>搭乗機の左主翼が飛び散り、錐揉み状態で落下したが、幸い途中で機体が安定したことから、片翼飛行で着陸を果たした。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ラジオや新聞各紙は、片翼飛行の四宮中尉を中心に「奇跡の生還」と大々的に報じ、国威発揚につなげた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>防衛総司令部総司令官の東久邇稔彦大将により、特別攻撃隊は「震天制空隊（震天隊）」と命名される。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>生還、そしてまた迎撃戦へ</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>昭和20年1月27日、小林は甲府上空でB-29 14機の編隊を迎撃し、二番機に体当たりした。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>愛機は大破し、落下するが、小林は必死に操縦席から脱出し、かろうじて落下傘降下して生還した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>2月に入ると、F6FやF4Uなど敵機動部隊の艦上戦闘機が、東京など大都市に大挙来襲してきた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>過酷な空中戦の連続で、陸海軍搭乗員の戦死が相次ぐ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>4月に入ると、マリアナ諸島からのB-29の大編隊に、硫黄島 （3月下旬陥落）から発進した最新鋭の陸軍戦闘機P-51ムスタングが随伴するようになった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>P-51は手ごわく、B-29への接近さえ至難の業となる。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>4月12日、小林は戦爆連合で来襲した敵機の迎撃に単機で立ち向かった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>東京北方でB-29の編隊を捕捉。山梨県の大月付近まで追撃し、1機を撃破する。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>次の瞬間、護衛のF6Fの猛射を浴び、機体は火だるまになった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>小林は死に物狂いで機外に飛び出し、落下傘降下。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>落下傘は松の木にひっかかり、身体は灌木に投げ出された。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>小林は右足に銃創を負って陸軍病院に入院する。が、数日後には帰隊し、迎撃戦に再び加わった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>5月15日、二四四戦隊に第一総軍司令官・杉山元元帥より感状が授与された。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>個人感状ではなく部隊感状にしてほしいとの小林の希望による。小林は少佐に進級した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>4月下旬、二四四戦隊に、飛燕のエンジンを液冷から空冷に換装した五式戦闘機が配備されるようになった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>小林にとって辛かったのは、5月から鹿児島県の知覧基地で、沖縄への特攻機の護衛を命じられたことである（海軍の特攻基地は鹿屋、串良など）。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>この間、4月29日には、片翼生還で勇名を馳せた四宮中尉が第一九振武隊特攻隊員として出撃、戦死している。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>小林は、滋賀県の八日市で終戦を迎えた。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>震天隊によるB-29の撃墜数は73機、撃破数92機（高木晃治、ヘンリー・サカイダ著『B-29対日本陸軍戦闘機』）。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>小林の敵機撃墜数は12機といわれる。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>戦後、小林は民間会社を経て、航空自衛隊に入隊。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>第一飛行団第一飛行隊長として教官をしていた昭和32年（1957）6月4日、練習機の墜落事故で殉職した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>松田十刻</strong></span></div><a name="more"></a>

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            <category>社会・政治</category>
      <author>小だぬき</author>
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                </item>
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      <link>https://hoteiharatanuki.seesaa.net/article/520609186.html</link>
      <title>「家族が怪しい」子どもの行方不明事件で過熱する“犯人探し”の正体　慶應大・津田教授に聞く</title>
      <pubDate>Wed, 06 May 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>「家族が怪しい」子どもの行方不明事件で過熱する“犯人探し”の正体　慶應大・津田教授に聞く5/5(火) 弁護士ドットコムニュース子どもの行方不明事件が起きるたび、テレビやネットメディアでは過熱報道が続き、SNSでは憶測やデマ、誹謗中傷があふれる──。そんな光景が繰り返されている。京都府南丹市で起きた小学生男児の行方不明事件でも、養父が死体遺棄容疑で逮捕されたが、逮捕報道の以前から、SNS上では長期にわたって「家族があやしい」といった憶測が拡散した。2019年には、山梨県道志村の..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
「家族が怪しい」子どもの行方不明事件で過熱する“犯人探し”の正体　慶應大・津田教授に聞く5/5(火) 弁護士ドットコムニュース
子どもの行方不明事件が起きるたび、テレビやネットメディアでは過熱報道が続き、SNSでは憶測やデマ、誹謗中傷があふれる──。そんな光景が繰り返されている。
京都府南丹市で起きた小学生男児の行方不明事件でも、養父が死体遺棄容疑で逮捕されたが、逮捕報道の以前から、SNS上では長期にわたって「家族があやしい」といった憶測が拡散した。
2019年には、山梨県道志村のキャンプ場で7歳の女児が行方不明になった事件でも、母親に対する「犯人視」や誹謗中傷が長期間続く深刻な二次被害が起きた。
なぜ、人は「まだ確定的なことがわからない段階」で推測を重ね、当事者を攻撃してしまうのか。なぜ行方不明事件は、マスメディアとSNSの双方で“過熱”しやすいのか。
メディア論を専門とする、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所の津田正太郎教授に聞いた。（弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎）
●「子どもの事件」は、人を強く引きつける
津田教授がまず指摘するのは、「子ども」に関わる事件が持つ“社会的な感受性の高まり”だ。
「子どもが亡くなる、傷つく事件は、多くの人の感情を強く揺さぶります。少子化が進むほど、“子どもの命”に対する社会的な感受性は高まる。『早く無事に助かってほしい』という思いが強くなるのは、ある意味で自然なことです」
そのような“善意”が、SNSでの発信へと駆り立てていく。
「政治や社会の複雑な話は知識がないと書けません。ところが事件・事故になると、コメントの数の桁が違うんです。みんな自分の意見を誰かに聞いてほしいという欲求が高まる。
しかし、井戸端会議であればまだよいですが、SNS上のコメントは、当事者や関係する人のところまで届いてしまうのが悩ましい問題となっています」
津田教授によれば、大学の教授会でも似たようなことが起きるという。複雑な議題では黙っていた人たちが「不祥事を起こすなどした学生の処分案件」になると突然発言を始める──。
複雑なテーマには参加しづらい一方、不祥事や事件は“誰でも語れる話題”になりやすい。そこに、「参加しやすさ」があるのかもしれない。
●善意、承認要求、正義感…入り混じる動機
上述のように「子どもが無事に見つかってほしい」という純粋な思いで情報を拡散する人もいる。「誰かに注目されたい」という承認欲求から投稿する人もいる。
さらに、事件を“再生回数が稼げるコンテンツ”として扱うYouTuberやインフルエンサーも少なくない。
「社会的に関心の高い事件は、それだけで収益につながります。もちろんマスコミも営利組織ですが、少なくとも訴訟リスクを念頭にしながら、一定の裏付け取材をおこないます。しかし個人のYouTuberなどは制約が弱く、取材力も乏しいため、憶測ベースになりやすい」
その結果、根拠の薄い「情報未満」の話や「デマ」まで拡散されていく。
さらに厄介なのは、経済的な損得とは別の「強烈な正義感」だ。
「自分の中で『こうに違いない』と思い込んだ信念ができあがると、それに矛盾するような情報が出てきても、逆に信念が強化されてしまい、極端な発信を続けるようになります」
本来であれば、あまり支持されるような意見ではなかったとしても、SNSではアルゴリズムによって拡散されやすい。
「営利目的の人だって、どこかでは『子どもが無事であってほしい』という気持ちはあると思います。完全に“金目的”か“善意”か“正義”かで切り分けられず、動機にはグラデーションがあります。ただ、その複数の動機が混ざりあった結果、非常に不確かな情報の大量拡散につながってしまう」
●なぜ「家族が犯人」と決めつけるのか
南丹市の事件では、SNS上で「家族が怪しい」「家族が犯人」という投稿が繰り返された。なぜ、人は「まだ何もわからない段階」で、推定無罪の感覚を手放してしまうのか。
津田教授は「過去の事件のフレーム」が強く影響しているとみる。
たとえば2006年、秋田県で起きた連続児童殺傷事件では、1人の被害児童の保護者が犯人だった。そうした過去の記憶の積み重ねが、現在の事件にも投影されてしまう。
「今回は『血のつながっていない親子』という事情もあり、過去のフレームに飛びつきやすかった部分があるのではないか」
●「わからない」まま留める『ネガティブ・リテラシー』の概念を
では、SNSの過熱を止める方法はあるのか。
津田教授が紹介するのは、メディア研究者・佐藤卓己氏が提唱する「ネガティブ・リテラシー」という考え方だ。わからないことを、わからないままネットに書かない。その自制こそが、SNS時代に求められるリテラシーだという。
「世の中の出来事は、そんなに綺麗に割り切れないし、わからないこともたくさんあります。それでも人は“わからない状態”に耐えるのが苦手です。だから、わかりやすい物語を作ってしまうし、それを信じてしまう。でも、本当に大事なのは『わからないよね』の状態で立ち止まることなんです」
ただし、それは簡単ではない。
「黙るというのは、おもしろい解決策ではない。だから実践は難しい」
だからこそ、「事件に入れ込みすぎないこと」が現実的な落としどころになるのではないか、と津田教授は語る。
●SNS以前からあったマスメディアの「過熱報道」
もっとも、問題はSNSだけではない。
京都の事件では、テレビ報道の“過熱ぶり”にも疑問の声が上がった。現場映像を延々と垂れ流し、同じようなやり取りを繰り返す番組に「へきえきする」と違和感を覚えた視聴者も少なくなかった。
津田教授は、近年では「SNSの弊害」ばかりが語られがちだが、子どもをめぐる事件報道は、SNS登場以前から週刊誌やテレビが問題を抱えてきたと指摘する。
「社会的関心が非常に高いのに、新しい情報が出てこない。するとメディアは根拠の薄い情報を無理に供給し始める傾向があります」
視聴率やPVを求める中で、根拠の乏しい噂話や憶測がコンテンツ化されていく。
「結果として、『中身はないのに延々と報じている状態』となり、それがメディア不信につながる大きな要因になっていると思います」
●過熱せざるを得ないメディアの事情
こうした過剰な報道の背景には、メディア側の構造的事情もある。
報道現場では、人員が減り続け、限られた人数でニュースを回さなければならない。そのため、「話題になっている現場」に人を集中させるスタイルになりやすい。
行方不明事件では、子どもの写真、家族の自宅、その土地の風景、警察の動き、近隣住民のインタビューなど、映像として成立しやすい素材が多い。
しかも、複雑な社会問題より視聴者に理解されやすく、一定の視聴率やPVも見込める。こうした要素がそろえば、メディアが「過剰報道」する理由も少なからず理解できる。
ただ一方で、そうした「薄い取材」を繰り返すことへの違和感も視聴者の側で強まっている。
「『マスメディアはこう言っているけど、実は◯◯』というソーシャルメディア上の語りが、説得力を持ちやすくなっている」
津田教授によると、マスメディアは視聴者や読者に「こんな問題がある」「これはみんなで考えるべきことだ」と示す力はまだ健在だが、「この出来事をどのように解釈すべきか」と示す影響力は低下しているという。
SNSも、マスメディアも、情報が乏しいときほど、その空白は根拠の薄い言葉で埋められていく。「わからない」を「わからないまま」にしておけるか。これは情報の受け手だけではなく、メディア側にも問われているのかもしれない。<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
<div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「家族が怪しい」子どもの行方不明事件で過熱する“犯人探し”の正体　慶應大・津田教授に聞く</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>5/5(火) 弁護士ドットコムニュース</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>子どもの行方不明事件が起きるたび、テレビやネットメディアでは過熱報道が続き、SNSでは憶測やデマ、誹謗中傷があふれる──。そんな光景が繰り返されている。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>京都府南丹市で起きた小学生男児の行方不明事件でも、養父が死体遺棄容疑で逮捕されたが、逮捕報道の以前から、SNS上では長期にわたって「家族があやしい」といった憶測が拡散した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>2019年には、山梨県道志村のキャンプ場で7歳の女児が行方不明になった事件でも、母親に対する「犯人視」や誹謗中傷が長期間続く深刻な二次被害が起きた。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>なぜ、人は「まだ確定的なことがわからない段階」で推測を重ね、当事者を攻撃してしまうのか。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>なぜ行方不明事件は、マスメディアとSNSの双方で“過熱”しやすいのか。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>メディア論を専門とする、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所の津田正太郎教授に聞いた。（弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎）</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>●「子どもの事件」は、人を強く引きつける</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>津田教授がまず指摘するのは、「子ども」に関わる事件が持つ“社会的な感受性の高まり”だ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「子どもが亡くなる、傷つく事件は、多くの人の感情を強く揺さぶります。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>少子化が進むほど、“子どもの命”に対する社会的な感受性は高まる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>『早く無事に助かってほしい』という思いが強くなるのは、ある意味で自然なことです」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そのような“善意”が、SNSでの発信へと駆り立てていく。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「政治や社会の複雑な話は知識がないと書けません。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ところが事件・事故になると、コメントの数の桁が違うんです。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>みんな自分の意見を誰かに聞いてほしいという欲求が高まる。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかし、井戸端会議であればまだよいですが、SNS上のコメントは、当事者や関係する人のところまで届いてしまうのが悩ましい問題となっています」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>津田教授によれば、大学の教授会でも似たようなことが起きるという。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>複雑な議題では黙っていた人たちが「不祥事を起こすなどした学生の処分案件」になると突然発言を始める──。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>複雑なテーマには参加しづらい一方、不祥事や事件は“誰でも語れる話題”になりやすい。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そこに、「参加しやすさ」があるのかもしれない。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>●善意、承認要求、正義感…入り混じる動機</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>上述のように「子どもが無事に見つかってほしい」という純粋な思いで情報を拡散する人もいる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「誰かに注目されたい」という承認欲求から投稿する人もいる。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>さらに、事件を“再生回数が稼げるコンテンツ”として扱うYouTuberやインフルエンサーも少なくない。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「社会的に関心の高い事件は、それだけで収益につながります。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>もちろんマスコミも営利組織ですが、少なくとも訴訟リスクを念頭にしながら、一定の裏付け取材をおこないます。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかし個人のYouTuberなどは制約が弱く、取材力も乏しいため、憶測ベースになりやすい」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>その結果、根拠の薄い「情報未満」の話や「デマ」まで拡散されていく。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>さらに厄介なのは、経済的な損得とは別の「強烈な正義感」だ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「自分の中で『こうに違いない』と思い込んだ信念ができあがると、それに矛盾するような情報が出てきても、逆に信念が強化されてしまい、極端な発信を続けるようになります」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>本来であれば、あまり支持されるような意見ではなかったとしても、SNSではアルゴリズムによって拡散されやすい。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「営利目的の人だって、どこかでは『子どもが無事であってほしい』という気持ちはあると思います。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>完全に“金目的”か“善意”か“正義”かで切り分けられず、動機にはグラデーションがあります。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ただ、その複数の動機が混ざりあった結果、非常に不確かな情報の大量拡散につながってしまう」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>●なぜ「家族が犯人」と決めつけるのか</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>南丹市の事件では、SNS上で「家族が怪しい」「家族が犯人」という投稿が繰り返された。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>なぜ、人は「まだ何もわからない段階」で、推定無罪の感覚を手放してしまうのか。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>津田教授は「過去の事件のフレーム」が強く影響しているとみる。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>たとえば2006年、秋田県で起きた連続児童殺傷事件では、1人の被害児童の保護者が犯人だった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そうした過去の記憶の積み重ねが、現在の事件にも投影されてしまう。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「今回は『血のつながっていない親子』という事情もあり、過去のフレームに飛びつきやすかった部分があるのではないか」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>●「わからない」まま留める『ネガティブ・リテラシー』の概念を</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>では、SNSの過熱を止める方法はあるのか。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>津田教授が紹介するのは、メディア研究者・佐藤卓己氏が提唱する「ネガティブ・リテラシー」という考え方だ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>わからないことを、わからないままネットに書かない。その自制こそが、SNS時代に求められるリテラシーだという。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「世の中の出来事は、そんなに綺麗に割り切れないし、わからないこともたくさんあります。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>それでも人は“わからない状態”に耐えるのが苦手です。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>だから、わかりやすい物語を作ってしまうし、それを信じてしまう。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>でも、本当に大事なのは『わからないよね』の状態で立ち止まることなんです」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ただし、それは簡単ではない。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「黙るというのは、おもしろい解決策ではない。だから実践は難しい」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>だからこそ、「事件に入れ込みすぎないこと」が現実的な落としどころになるのではないか、と津田教授は語る。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>●SNS以前からあったマスメディアの「過熱報道」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>もっとも、問題はSNSだけではない。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>京都の事件では、テレビ報道の“過熱ぶり”にも疑問の声が上がった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>現場映像を延々と垂れ流し、同じようなやり取りを繰り返す番組に「へきえきする」と違和感を覚えた視聴者も少なくなかった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>津田教授は、近年では「SNSの弊害」ばかりが語られがちだが、子どもをめぐる事件報道は、SNS登場以前から週刊誌やテレビが問題を抱えてきたと指摘する。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「社会的関心が非常に高いのに、新しい情報が出てこない。するとメディアは根拠の薄い情報を無理に供給し始める傾向があります」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>視聴率やPVを求める中で、根拠の乏しい噂話や憶測がコンテンツ化されていく。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「結果として、『中身はないのに延々と報じている状態』となり、それがメディア不信につながる大きな要因になっていると思います」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>●過熱せざるを得ないメディアの事情</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>こうした過剰な報道の背景には、メディア側の構造的事情もある。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>報道現場では、人員が減り続け、限られた人数でニュースを回さなければならない。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そのため、「話題になっている現場」に人を集中させるスタイルになりやすい。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>行方不明事件では、子どもの写真、家族の自宅、その土地の風景、警察の動き、近隣住民のインタビューなど、映像として成立しやすい素材が多い。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかも、複雑な社会問題より視聴者に理解されやすく、一定の視聴率やPVも見込める。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>こうした要素がそろえば、メディアが「過剰報道」する理由も少なからず理解できる。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ただ一方で、そうした「薄い取材」を繰り返すことへの違和感も視聴者の側で強まっている。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「『マスメディアはこう言っているけど、実は◯◯』というソーシャルメディア上の語りが、説得力を持ちやすくなっている」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>津田教授によると、マスメディアは視聴者や読者に「こんな問題がある」「これはみんなで考えるべきことだ」と示す力はまだ健在だが、「この出来事をどのように解釈すべきか」と示す影響力は低下しているという。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>SNSも、マスメディアも、情報が乏しいときほど、その空白は根拠の薄い言葉で埋められていく。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「わからない」を「わからないまま」にしておけるか。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>これは情報の受け手だけではなく、メディア側にも問われているのかもしれない。</strong></span></div><a name="more"></a>

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            <category>社会・政治</category>
      <author>小だぬき</author>
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                </item>
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      <link>https://hoteiharatanuki.seesaa.net/article/520598682.html</link>
      <title>水増しされた撃墜王・遠藤幸男の戦果「これでは、海軍の面子が立たない」</title>
      <pubDate>Tue, 05 May 2026 01:00:00 +0900</pubDate>
            <description>水増しされた撃墜王・遠藤幸男の戦果「これでは、海軍の面子が立たない」5/4(月) WEB歴史街道B-29迎撃戦で撃墜王と称される遠藤幸夫の戦いぶりとは太平洋戦争中、日本の本土防空戦における最大の脅威は、アメリカ陸軍の大型戦略爆撃機B-29「スーパーフォートレス」（超空の要塞）であった。日本軍は、陸海軍ともに特性のある局地戦闘機を繰りだし、壮絶な戦いをくりひろげた。ここでは、B-29迎撃戦で撃墜王と称される遠藤幸夫（さちお）の戦いぶりを通して、本土防空戦の一端を紹介しよう。※本..</description>
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水増しされた撃墜王・遠藤幸男の戦果「これでは、海軍の面子が立たない」5/4(月) WEB歴史街道
B-29迎撃戦で撃墜王と称される遠藤幸夫の戦いぶりとは
太平洋戦争中、日本の本土防空戦における最大の脅威は、アメリカ陸軍の大型戦略爆撃機B-29「スーパーフォートレス」（超空の要塞）であった。日本軍は、陸海軍ともに特性のある局地戦闘機を繰りだし、壮絶な戦いをくりひろげた。ここでは、B-29迎撃戦で撃墜王と称される遠藤幸夫（さちお）の戦いぶりを通して、本土防空戦の一端を紹介しよう。※本稿は、『歴史街道』2024年5月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。
遠藤幸男　大村基地に降り立つ
遠藤幸男が、撃墜王と称されるきっかけとなったのは、昭和19年（1944）6月16日未明、B-29による八幡空襲である。
八幡空襲では、陸軍四戦隊の活躍ぶりが報じられたが、海軍としても有効な手立てを打つ必要に迫られた。四戦隊が擁する二式戦（屠龍）は、海軍の「月光」と同じ双発戦闘機である。
折しも長崎県・大村基地では、佐世保海軍航空隊大村分遣隊が改編され、第三五二海軍航空隊として開隊する手筈が整っている。ところが、肝心の夜間戦闘機の熟練者がいない。佐世保鎮守府は、横須賀鎮守府に月光の訓練を担う分隊長の派遣を要請した。
これを受けた厚木航空隊司令の小園安名中佐は、最も信頼する遠藤中尉を分隊長とする派遣隊を、大村基地へ遣わした。遠藤はペアを組む偵察員の尾崎一男（一飛曹）と愛機に乗り、7月10日ごろ、大村基地に降り立った。ほかに2機の列機も無事に着陸した（整備員は汽車で移動）。
教官から第一線の分隊長へ
遠藤は、海軍飛行予科練習生（予科練）第1期生である。艦上攻撃機の操縦士として日中戦争に従軍。日米開戦後は教官を務め、昭和18年（1943）1月、第二五一海軍航空隊（以下、二五一空）に異動になり、二式陸上偵察機の操縦士になった。
5月、二五一空はラバウルに進出するが、遠藤は搭乗機のエンジン故障で不時着した際に脚を負傷し、入院生活を送る。二五一空には、二式陸偵の前身である十三試双発陸戦に斜銃（2連装20ミリ機銃）を装備した改造型2機が加えられた。
斜銃は、ラバウルの台南航空隊（二五一空の前身）で副長兼飛行長を務めていた小園が、敵の大型爆撃機に手を焼き、内地に戻った際に上層部にかけあって承認させたものである。半信半疑の上官を説得するため、零戦との模擬空中戦を演じ、斜銃の威力を証明してみせた操縦士が、ほかならぬ遠藤である。
改造型がB-17を撃墜する戦果をあげたことから、二式陸偵に斜銃を装備した「月光」が、夜間戦闘機として制式採用された。
退院後、遠藤は「月光」で奮戦する。9月2日、遠藤がソロモン諸島の前進基地バラレ島の指揮所にいたとき、来襲したアメリカの戦闘機F4Uコルセアが見張り台に接触して墜落、大破した。遠藤は破片を浴び、重傷を負う。
帰国すると、厚木航空隊木更津派遣隊（夜戦隊）に配属され、隊員を鍛錬した。昭和19年3月1日、帝都防空を担う三〇二空が木更津飛行場で開隊。木更津派遣隊は同空に編入され、遠藤は分隊長となった。
3月末、三〇二空は厚木基地に進出。月光のほか、零戦に斜銃を装備した零夜戦、雷電、彗星、銀河の戦隊が加わり、局地戦闘機航空隊（通称・厚木航空隊）の陣容が整う。
海軍で初めてB-29を撃墜した男　誇張された戦果
大村基地に派遣された遠藤は、三五二空（通称・草薙部隊）の訓練に励んだ。
8月10日夜、B-29 29機（24機とも）が長崎に襲来。遠藤は僚機を率いて迎撃に向かったが、会敵できなかった。
20日午後4時半、空襲警報の発令後、B-29 67機が九州上空に達し、そのうち6機が長崎上空へ向かった。
三五二空では、零戦（延べ33機）と月光4機を発進させた。海軍にとって初のB-29迎撃戦になる。 一方、陸軍は第一二飛行師団の屠龍、飛燕、四式戦「疾風」80数機が出撃した。
列機が被弾や故障で離脱するなか、遠藤はラバウルでB-17と交戦したときの戦訓を生かし、臨機応変に月光特有の上方銃と下方銃を使い分けた（後発型は上方銃のみ）。
反航戦とあって一撃離脱の攻撃法をとり、5機以上に20ミリ弾を放ち、遠藤はある程度の手ごたえを感じた。だが、敵編隊の機銃弾による火網は凄まじく、エンジンに被弾。遠藤機は洋上を飛行し、済州島に不時着した。
遠藤は駐屯する陸軍部隊を通じ、三五二空司令部に「敵大型機、中破3機、小破2機」と打電。ところが、当日の戦闘概報で「撃墜確実2、概ね確実1、小破2」と変更され、翌月の戦時日誌では「撃墜2機、不確実1機、中破2機」と戦果が過大になっていた。
背景には、第一二飛行師団が「撃墜23機（不確実11機）、撃破25機」の大戦果をあげたのに対し、三五二空は出撃した機数が少ないとはいえ、戦果に差がありすぎたことにある。
「これでは、海軍の面子が立たない」と考えた佐世保鎮守府など上層部が、意図的に水増ししたとみられる（渡辺洋二著『夜間戦闘機「月光」』）。
遠藤は本人の意思とは関係なく、海軍で初めてB-29を撃墜した殊勲者として一目置かれることになった。
マリアナ諸島陥落　B-29から東京を守る
9月中旬、遠藤と尾崎のペアは大村基地を去り、厚木基地へ復帰した。ほかの派遣隊員は大村に留まり、北九州で戦い続ける。
この間、日本が絶対国防圏と定めていたマリアナ諸島が、米軍（連合軍）の猛攻により陥落。B-29の発進基地が急造され、日本本土への空襲が時間の問題となった。
そしてついに、11月1日午後1時半ごろ、サイパン島から飛来したB-29の改造偵察機が東京上空に現われた。
主力部隊の雷電隊、零戦隊、遠藤率いる月光隊が緊急発進したが、上昇に時間がかかって追いつけず、10000メートル上空を悠々と飛行するB-29を歯嚙みしながら見送るだけだった（この日、遠藤は大尉に進級）。
24日朝、サイパン島を発進した111機のB-29のうち、故障機を除く94機による初の東京空襲が行なわれた。ただし、目標の中島飛行機武蔵製作所に達したのは24機で、被害は軽微にとどまる。
このとき、三〇二空の可動機すべてが出撃したが、白昼、高高度での戦闘は想像以上に過酷であり、まともに戦えなかった。米軍側の記録では、B-29の損失は2機。うち1機は二式戦（鍾馗）の体当たりで墜落したものである（もう1機は不時着水）。
これよりさかのぼる11月3日、遠藤は、東京の手前でB-29を撃墜する任務を帯び、八丈島に派遣隊隊長として進出。偵察員は西尾治（上飛曹）に替わった。派遣隊はわずか月光3機の戦力だったが、12月18日には、「1機撃墜、2機撃破」を三〇二空司令部に報告している。
27日、熱海上空で警戒中の遠藤機は、単機来襲したB-29に襲いかかり、伊豆半島伊東沖で撃墜した。
「敵11機発見、ワレコレニ突撃ス」
昭和20年（1945）1月10日、遠藤と西尾のペアは厚木基地に復帰した。
その前日、遠藤機は静岡県南方で中島飛行機武蔵製作所に向かうB-29 70機ほどの編隊を捕捉。うち1機を撃墜した。
遠藤の活躍ぶりは華々しく喧伝されたが、本人は誇張される記事に複雑な心境だったらしく、予科練時代の恩師に送った手紙に「戦果をおおげさに報ずる点、まったく迷惑いたしております」と本音をもらしている。
1月14日、B-29 73機が三菱・名古屋航空機製作所を目標に襲来。これを二一〇空と三〇二空が協同で迎撃した。
遠藤は午後2時52分、B-29を豊橋上空で捕捉。西尾に「敵11機発見、ワレコレニ突撃ス」と打電させた。6分後、「1機撃墜、大破……」が厚木基地の無線機に入ったが、それっきり連絡はなかった。
このとき、遠藤は被弾した愛機を渥美半島上空まで飛行させたうえ、先に西尾を脱出させ、続いて自分も機外へ飛び出た。ところが西尾は落下傘の紐が尾翼に切られ、墜死。遠藤は高度不足のため、落下傘が開き切る前に地上に叩きつけられた。
遠藤機の墜落は、陸軍の防空監視哨が視認していた。哨員らが墜落現場に駆けつけたときには、2人とも絶命していたという（発見場所は、現在の愛知県田原市神戸町）。
国民的英雄となっていた遠藤の戦死が、海軍省から発表されたのは3月16日。全軍布告のうえ、遠藤は中佐、西尾は少尉にそれぞれ2階級特進した。
遠藤機によるB-29の撃破数は16機（うち撃墜は6機ないしは8機）とされる。
海軍上層部の思惑から思いがけなく勇名を馳せた遠藤だが、その後は国民の期待を一身に背負い、撃墜王の名に恥じぬよう全身全霊でB-29に戦いを挑み、その末に果てた。

松田十刻（作家）<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
<div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>水増しされた撃墜王・遠藤幸男の戦果「これでは、海軍の面子が立たない」</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>5/4(月) WEB歴史街道</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;"><strong>B-29迎撃戦で撃墜王と称される遠藤幸夫の戦いぶりとは</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>太平洋戦争中、日本の本土防空戦における最大の脅威は、アメリカ陸軍の大型戦略爆撃機B-29「スーパーフォートレス」（超空の要塞）であった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>日本軍は、陸海軍ともに特性のある局地戦闘機を繰りだし、壮絶な戦いをくりひろげた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ここでは、B-29迎撃戦で撃墜王と称される遠藤幸夫（さちお）の戦いぶりを通して、本土防空戦の一端を紹介しよう。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 10pt;"><strong>※本稿は、『歴史街道』2024年5月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;"><strong>遠藤幸男　大村基地に降り立つ</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>遠藤幸男が、撃墜王と称されるきっかけとなったのは、昭和19年（1944）6月16日未明、B-29による八幡空襲である。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>八幡空襲では、陸軍四戦隊の活躍ぶりが報じられたが、海軍としても有効な手立てを打つ必要に迫られた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>四戦隊が擁する二式戦（屠龍）は、海軍の「月光」と同じ双発戦闘機である。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>折しも長崎県・大村基地では、佐世保海軍航空隊大村分遣隊が改編され、第三五二海軍航空隊として開隊する手筈が整っている。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ところが、肝心の夜間戦闘機の熟練者がいない。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>佐世保鎮守府は、横須賀鎮守府に月光の訓練を担う分隊長の派遣を要請した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>これを受けた厚木航空隊司令の小園安名中佐は、最も信頼する遠藤中尉を分隊長とする派遣隊を、大村基地へ遣わした。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>遠藤はペアを組む偵察員の尾崎一男（一飛曹）と愛機に乗り、7月10日ごろ、大村基地に降り立った。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ほかに2機の列機も無事に着陸した（整備員は汽車で移動）。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;"><strong>教官から第一線の分隊長へ</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>遠藤は、海軍飛行予科練習生（予科練）第1期生である。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>艦上攻撃機の操縦士として日中戦争に従軍。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>日米開戦後は教官を務め、昭和18年（1943）1月、第二五一海軍航空隊（以下、二五一空）に異動になり、二式陸上偵察機の操縦士になった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>5月、二五一空はラバウルに進出するが、遠藤は搭乗機のエンジン故障で不時着した際に脚を負傷し、入院生活を送る。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>二五一空には、二式陸偵の前身である十三試双発陸戦に斜銃（2連装20ミリ機銃）を装備した改造型2機が加えられた。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>斜銃は、ラバウルの台南航空隊（二五一空の前身）で副長兼飛行長を務めていた小園が、敵の大型爆撃機に手を焼き、内地に戻った際に上層部にかけあって承認させたものである。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>半信半疑の上官を説得するため、零戦との模擬空中戦を演じ、斜銃の威力を証明してみせた操縦士が、ほかならぬ遠藤である。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>改造型がB-17を撃墜する戦果をあげたことから、二式陸偵に斜銃を装備した「月光」が、夜間戦闘機として制式採用された。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>退院後、遠藤は「月光」で奮戦する。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>9月2日、遠藤がソロモン諸島の前進基地バラレ島の指揮所にいたとき、来襲したアメリカの戦闘機F4Uコルセアが見張り台に接触して墜落、大破した。遠藤は破片を浴び、重傷を負う。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>帰国すると、厚木航空隊木更津派遣隊（夜戦隊）に配属され、隊員を鍛錬した。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>昭和19年3月1日、帝都防空を担う三〇二空が木更津飛行場で開隊。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>木更津派遣隊は同空に編入され、遠藤は分隊長となった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>3月末、三〇二空は厚木基地に進出。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>月光のほか、零戦に斜銃を装備した零夜戦、雷電、彗星、銀河の戦隊が加わり、局地戦闘機航空隊（通称・厚木航空隊）の陣容が整う。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;"><strong>海軍で初めてB-29を撃墜した男　誇張された戦果</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>大村基地に派遣された遠藤は、三五二空（通称・草薙部隊）の訓練に励んだ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>8月10日夜、B-29 29機（24機とも）が長崎に襲来。遠藤は僚機を率いて迎撃に向かったが、会敵できなかった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>20日午後4時半、空襲警報の発令後、B-29 67機が九州上空に達し、そのうち6機が長崎上空へ向かった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>三五二空では、零戦（延べ33機）と月光4機を発進させた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>海軍にとって初のB-29迎撃戦になる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong> 一方、陸軍は第一二飛行師団の屠龍、飛燕、四式戦「疾風」80数機が出撃した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>列機が被弾や故障で離脱するなか、遠藤はラバウルでB-17と交戦したときの戦訓を生かし、臨機応変に月光特有の上方銃と下方銃を使い分けた（後発型は上方銃のみ）。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>反航戦とあって一撃離脱の攻撃法をとり、5機以上に20ミリ弾を放ち、遠藤はある程度の手ごたえを感じた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>だが、敵編隊の機銃弾による火網は凄まじく、エンジンに被弾。遠藤機は洋上を飛行し、済州島に不時着した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>遠藤は駐屯する陸軍部隊を通じ、三五二空司令部に「敵大型機、中破3機、小破2機」と打電。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ところが、当日の戦闘概報で「撃墜確実2、概ね確実1、小破2」と変更され、翌月の戦時日誌では「撃墜2機、不確実1機、中破2機」と戦果が過大になっていた。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>背景には、第一二飛行師団が「撃墜23機（不確実11機）、撃破25機」の大戦果をあげたのに対し、三五二空は出撃した機数が少ないとはいえ、戦果に差がありすぎたことにある。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「これでは、海軍の面子が立たない」と考えた佐世保鎮守府など上層部が、意図的に水増ししたとみられる（渡辺洋二著『夜間戦闘機「月光」』）。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>遠藤は本人の意思とは関係なく、海軍で初めてB-29を撃墜した殊勲者として一目置かれることになった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;"><strong>マリアナ諸島陥落　B-29から東京を守る</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>9月中旬、遠藤と尾崎のペアは大村基地を去り、厚木基地へ復帰した。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ほかの派遣隊員は大村に留まり、北九州で戦い続ける。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>この間、日本が絶対国防圏と定めていたマリアナ諸島が、米軍（連合軍）の猛攻により陥落。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>B-29の発進基地が急造され、日本本土への空襲が時間の問題となった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そしてついに、11月1日午後1時半ごろ、サイパン島から飛来したB-29の改造偵察機が東京上空に現われた。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>主力部隊の雷電隊、零戦隊、遠藤率いる月光隊が緊急発進したが、上昇に時間がかかって追いつけず、10000メートル上空を悠々と飛行するB-29を歯嚙みしながら見送るだけだった（この日、遠藤は大尉に進級）。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>24日朝、サイパン島を発進した111機のB-29のうち、故障機を除く94機による初の東京空襲が行なわれた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ただし、目標の中島飛行機武蔵製作所に達したのは24機で、被害は軽微にとどまる。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>このとき、三〇二空の可動機すべてが出撃したが、白昼、高高度での戦闘は想像以上に過酷であり、まともに戦えなかった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>米軍側の記録では、B-29の損失は2機。うち1機は二式戦（鍾馗）の体当たりで墜落したものである（もう1機は不時着水）。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>これよりさかのぼる11月3日、遠藤は、東京の手前でB-29を撃墜する任務を帯び、八丈島に派遣隊隊長として進出。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>偵察員は西尾治（上飛曹）に替わった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>派遣隊はわずか月光3機の戦力だったが、12月18日には、「1機撃墜、2機撃破」を三〇二空司令部に報告している。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>27日、熱海上空で警戒中の遠藤機は、単機来襲したB-29に襲いかかり、伊豆半島伊東沖で撃墜した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;"><strong>「敵11機発見、ワレコレニ突撃ス」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>昭和20年（1945）1月10日、遠藤と西尾のペアは厚木基地に復帰した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>その前日、遠藤機は静岡県南方で中島飛行機武蔵製作所に向かうB-29 70機ほどの編隊を捕捉。うち1機を撃墜した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>遠藤の活躍ぶりは華々しく喧伝されたが、本人は誇張される記事に複雑な心境だったらしく、予科練時代の恩師に送った手紙に「戦果をおおげさに報ずる点、まったく迷惑いたしております」と本音をもらしている。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>1月14日、B-29 73機が三菱・名古屋航空機製作所を目標に襲来。これを二一〇空と三〇二空が協同で迎撃した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>遠藤は午後2時52分、B-29を豊橋上空で捕捉。西尾に「敵11機発見、ワレコレニ突撃ス」と打電させた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>6分後、「1機撃墜、大破……」が厚木基地の無線機に入ったが、それっきり連絡はなかった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>このとき、遠藤は被弾した愛機を渥美半島上空まで飛行させたうえ、先に西尾を脱出させ、続いて自分も機外へ飛び出た。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ところが西尾は落下傘の紐が尾翼に切られ、墜死。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>遠藤は高度不足のため、落下傘が開き切る前に地上に叩きつけられた。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>遠藤機の墜落は、陸軍の防空監視哨が視認していた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>哨員らが墜落現場に駆けつけたときには、2人とも絶命していたという（発見場所は、現在の愛知県田原市神戸町）。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>国民的英雄となっていた遠藤の戦死が、海軍省から発表されたのは3月16日。全軍布告のうえ、遠藤は中佐、西尾は少尉にそれぞれ2階級特進した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>遠藤機によるB-29の撃破数は16機（うち撃墜は6機ないしは8機）とされる。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>海軍上層部の思惑から思いがけなく勇名を馳せた遠藤だが、その後は国民の期待を一身に背負い、撃墜王の名に恥じぬよう全身全霊でB-29に戦いを挑み、その末に果てた。</strong></span></div><br /><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>松田十刻（作家）</strong></span></div><a name="more"></a>

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            <category>社会・政治</category>
      <author>小だぬき</author>
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                </item>
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      <link>https://hoteiharatanuki.seesaa.net/article/520598398.html</link>
      <title>情報番組の「コメンテーター」は本当に必要か？　全く畑違いなのに「専門家風のコメント」を求められることへの違和感</title>
      <pubDate>Tue, 05 May 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>情報番組の「コメンテーター」は本当に必要か？　全く畑違いなのに「専門家風のコメント」を求められることへの違和感5/4(月) デイリー新潮報道のあり方が問われている　京都府・南丹市で発生した児童遺棄事件。4月16日、死体遺棄容疑で義父が逮捕され、逮捕前には殺害をほのめかす供述もしていたという。大変痛ましい事件だが、これについて、TVのワイドショーによる報道が過剰ではないか、との声が上がっている。　そうした声はネットだけではなく、当の番組出演者からも指摘される事態にまで発展してい..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
情報番組の「コメンテーター」は本当に必要か？　全く畑違いなのに「専門家風のコメント」を求められることへの違和感5/4(月) デイリー新潮
報道のあり方が問われている
　京都府・南丹市で発生した児童遺棄事件。4月16日、死体遺棄容疑で義父が逮捕され、逮捕前には殺害をほのめかす供述もしていたという。大変痛ましい事件だが、これについて、TVのワイドショーによる報道が過剰ではないか、との声が上がっている。
　そうした声はネットだけではなく、当の番組出演者からも指摘される事態にまで発展している。義父逮捕翌日の4月17日「大下容子ワイド！　スクランブル」（テレビ朝日系）では、サイエンスコミュニケーターの中野信子氏が「やじ馬根性を満足させるためだけのニュースだったらどうかと思う」と苦言を呈した。
　私も、そうした批判に同意する一人である。もちろん、「子供が行方不明になりました。情報提供をお願いします」という報道は当然必要だろう。だが、メディアは事件発生当初から特定の人物を怪しいと匂わせながら報道し続けたのだ。【中川淳一郎・ネットニュース編集者】
取材班を派遣しているから
　幼い子供の尊い命が奪われた重大な事件であることに異論はない。とはいえ、ニュースは他にも日々たくさん生まれている。最近はイランとアメリカの戦争を含め、国際ニュースも増大している。しかも、それらは決して対岸の火事ではなく、原油価格も含めて日本への影響も大きく、その趨勢が気がかりで仕方ない人は決して少なくないはずだ。にもかかわらず、テレビは京都の事件に時間を割き過ぎた感がある。
　なぜここまで過剰な報道になってしまったのか。メディア側の事情を察すれば、「取材班を派遣しているから」、つまり経費をかけていることに加え「これまで散々報道していたから続報を伝えたい」という心情が働いているのでは、というところだろうか。
　何よりもちろん、「視聴率が取れる」もあるだろう。2019年に起きた「山梨県道志村キャンプ場女児失踪事件」も同様の状況になった。とにかくテレビがこの件を報道し過ぎたのである。この時は「子ども」「失踪」「最悪の事態も」に加え、実際は全く的外れだったわけだが、「親が関与したのでは？」との指摘もあった。
　とにかく、子どもが行方不明になった場合、同じような憶測をネット民はしたくなる。2007年に発生した「坂出3人殺害事件」でも同じことが起きた。2人の幼児たちとその祖母が亡くなったのだが、子どもたちの父親を怪しむ声は絶えなかった。だが、実際は女児の祖母の義弟にあたる人物が犯人だった。
　テレビでも、この事件に関する報道が、のちに問題化。ネットでも父親に対し謝罪する書き込みが多数寄せられた。
コメンテーターは必要なのか
　私自身現在コメンテーターの仕事をしているが、この仕事は本当に恐ろしいと感じる。なにせ、番組で憶測や感想を述べると、それが大勢の人に伝わり、世論に少なからず影響を及ぼしてしまうからだ。
　コメンテーターは出演中、「番組全体の空気を読む必要がある」「ゲストの専門家を立てなくてはいけない」「その後ネットで叩かれたらよくない」という意識が働き、とにかく無難なことを言う傾向になる。さらには、視聴者が納得しそうなことを言わなくてはいけないというプレッシャーもかかる。そうした、何重にもバイアスがかかった上で発せられるコメントが、あにはからんや、世論を作ってしまうのだ。そう考えると、冷静に以下のような疑問を呈したくなる。
　――コメンテーターって必要ですか？　メディアは淡々と事実を伝えればいいだけでは……と。
「羽鳥慎一モーニングショー」（テレビ朝日系）では、コメンテーターの玉川徹氏が、過去には安倍晋三元首相の国葬について誤解を与える発言をし、最近でもイスラエルについて、イスラエル大使館から苦言を呈されるような事態になっている。
　コメンテーターは、専門分野とまったく関係のないことに対してもコメントをすることが求められることがある。その際、適切なコメントができるかといえば、答えはノーだ。私自身もそれはできない。
　私はネットニュース編集者として、ネットの書き込みや論調については意見ができるが、正直、イラン戦争に対しての知識はない。だが、コメンテーターは「その場にいる何らかの専門家」として、専門家風の意見をすることを求められる。これが実に危うい。京都の件についても、イランの件についても、コメンテーターは本来意見を挟むことを躊躇すべきである。もっと言うと、テレビ局は、プロ中のプロだけを出すべきだ。
「庶民感覚が必要だ！」という意見もあるかもしれない。だが、コメンテーターになるような人物はそもそも、庶民ではない。かなり成功した富裕層であり、インテリばかりだ。そうした人々がより有名になり、小銭を稼ぐためにコメンテーターの仕事をしている。その当事者である私ですら、「コメンテーターなんていらない」と思っている。
ネットニュース編集者・中川淳一郎
デイリー新潮編集部<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
<div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>情報番組の「コメンテーター」は本当に必要か？　全く畑違いなのに「専門家風のコメント」を求められることへの違和感</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>5/4(月) デイリー新潮</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>報道のあり方が問われている</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　京都府・南丹市で発生した児童遺棄事件。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>4月16日、死体遺棄容疑で義父が逮捕され、逮捕前には殺害をほのめかす供述もしていたという。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>大変痛ましい事件だが、これについて、TVのワイドショーによる報道が過剰ではないか、との声が上がっている。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　そうした声はネットだけではなく、当の番組出演者からも指摘される事態にまで発展している。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>義父逮捕翌日の4月17日「大下容子ワイド！　スクランブル」（テレビ朝日系）では、サイエンスコミュニケーターの中野信子氏が「やじ馬根性を満足させるためだけのニュースだったらどうかと思う」と苦言を呈した。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　私も、そうした批判に同意する一人である。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>もちろん、「子供が行方不明になりました。情報提供をお願いします」という報道は当然必要だろう。だが、メディアは事件発生当初から特定の人物を怪しいと匂わせながら報道し続けたのだ。【中川淳一郎・ネットニュース編集者】</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>取材班を派遣しているから</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　幼い子供の尊い命が奪われた重大な事件であることに異論はない。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>とはいえ、ニュースは他にも日々たくさん生まれている。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>最近はイランとアメリカの戦争を含め、国際ニュースも増大している。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかも、それらは決して対岸の火事ではなく、原油価格も含めて日本への影響も大きく、その趨勢が気がかりで仕方ない人は決して少なくないはずだ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>にもかかわらず、テレビは京都の事件に時間を割き過ぎた感がある。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　なぜここまで過剰な報道になってしまったのか。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>メディア側の事情を察すれば、「取材班を派遣しているから」、つまり経費をかけていることに加え「これまで散々報道していたから続報を伝えたい」という心情が働いているのでは、というところだろうか。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　何よりもちろん、「視聴率が取れる」もあるだろう。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>2019年に起きた「山梨県道志村キャンプ場女児失踪事件」も同様の状況になった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>とにかくテレビがこの件を報道し過ぎたのである。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>この時は「子ども」「失踪」「最悪の事態も」に加え、実際は全く的外れだったわけだが、「親が関与したのでは？」との指摘もあった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　とにかく、子どもが行方不明になった場合、同じような憶測をネット民はしたくなる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>2007年に発生した「坂出3人殺害事件」でも同じことが起きた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>2人の幼児たちとその祖母が亡くなったのだが、子どもたちの父親を怪しむ声は絶えなかった。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>だが、実際は女児の祖母の義弟にあたる人物が犯人だった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　テレビでも、この事件に関する報道が、のちに問題化。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ネットでも父親に対し謝罪する書き込みが多数寄せられた。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>コメンテーターは必要なのか</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　私自身現在コメンテーターの仕事をしているが、この仕事は本当に恐ろしいと感じる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>なにせ、番組で憶測や感想を述べると、それが大勢の人に伝わり、世論に少なからず影響を及ぼしてしまうからだ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　コメンテーターは出演中、「番組全体の空気を読む必要がある」「ゲストの専門家を立てなくてはいけない」「その後ネットで叩かれたらよくない」という意識が働き、とにかく無難なことを言う傾向になる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>さらには、視聴者が納得しそうなことを言わなくてはいけないというプレッシャーもかかる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そうした、何重にもバイアスがかかった上で発せられるコメントが、あにはからんや、世論を作ってしまうのだ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そう考えると、冷静に以下のような疑問を呈したくなる。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　――コメンテーターって必要ですか？　メディアは淡々と事実を伝えればいいだけでは……と。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「羽鳥慎一モーニングショー」（テレビ朝日系）では、コメンテーターの玉川徹氏が、過去には安倍晋三元首相の国葬について誤解を与える発言をし、最近でもイスラエルについて、イスラエル大使館から苦言を呈されるような事態になっている。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　コメンテーターは、専門分野とまったく関係のないことに対してもコメントをすることが求められることがある。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>その際、適切なコメントができるかといえば、答えはノーだ。私自身もそれはできない。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　私はネットニュース編集者として、ネットの書き込みや論調については意見ができるが、正直、イラン戦争に対しての知識はない。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>だが、コメンテーターは「その場にいる何らかの専門家」として、専門家風の意見をすることを求められる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>これが実に危うい。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>京都の件についても、イランの件についても、コメンテーターは本来意見を挟むことを躊躇すべきである。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>もっと言うと、テレビ局は、プロ中のプロだけを出すべきだ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「庶民感覚が必要だ！」という意見もあるかもしれない。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>だが、コメンテーターになるような人物はそもそも、庶民ではない。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>かなり成功した富裕層であり、インテリばかりだ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そうした人々がより有名になり、小銭を稼ぐためにコメンテーターの仕事をしている。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>その当事者である私ですら、「コメンテーターなんていらない」と思っている。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ネットニュース編集者・中川淳一郎</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>デイリー新潮編集部</strong></span></div><a name="more"></a>

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            <category>社会・政治</category>
      <author>小だぬき</author>
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      <title>「水と安全はタダ」ほど非常識はない…　水道事業が破綻して日本は石器時代に戻る</title>
      <pubDate>Mon, 04 May 2026 10:25:42 +0900</pubDate>
            <description>「水と安全はタダ」ほど非常識はない…　水道事業が破綻して日本は石器時代に戻る5/4(月) デイリー新潮全体の6割半ばは水道料金でまかなえない高度経済成長期に一気に整備したため、耐用年数も一気に超え…　トランプ大統領のイランに対する「石器時代に戻す」という威嚇は、世界に波紋を広げた。橋や発電所などの民間インフラを徹底的に破壊するという脅しだが、実行すれば国際法に違反することは明白である。いずれにせよ、民間人の生活をおびやかし命にもかかわるようなインフラ破壊は、断じて行われてはな..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
「水と安全はタダ」ほど非常識はない…　水道事業が破綻して日本は石器時代に戻る5/4(月) デイリー新潮
全体の6割半ばは水道料金でまかなえない高度経済成長期に一気に整備したため、耐用年数も一気に超え…
　トランプ大統領のイランに対する「石器時代に戻す」という威嚇は、世界に波紋を広げた。橋や発電所などの民間インフラを徹底的に破壊するという脅しだが、実行すれば国際法に違反することは明白である。いずれにせよ、民間人の生活をおびやかし命にもかかわるようなインフラ破壊は、断じて行われてはならない。
　とはいえ、「石器時代」と聞いても日本人の大半は、憤慨はしても他人事だと感じているだろう。だが、じつは、日本も下手をすれば「石器時代」に戻ってしまいかねない危機を抱えている。他国の攻撃を受けて、という話ではない。自滅しかねないのである。
　そのひとつが水道だ。朝日新聞が4月5日付の朝刊で報じたのだが、同紙の集計によれば、全国の市町村などが経営する水道事業の2割以上が赤字に陥っているという。いうまでもなく水道インフラは、安全な飲料水を確保するためだけでなく、衛生的な生活環境を維持するためにも、産業や経済活動の基盤としても、失われれば「石器時代」に戻りかねないほどの必要不可欠なライフラインである。
　日本の水道事業は、全国の市町村などが経営する公営企業による独立採算性が原則で、人件費はもちろん、川やダムの水の浄化、水道管の維持や管理などにかかる費用は、基本的に各家庭や企業などからの料金収入でまかなわれている。ところが、実際にそれでまかなえているかというと、全体の6割半ばが原価割れ、すなわち料金収入でまかなえない状況に陥っていたという。
　もっとも、市町村による公営の事業だから、料金収入が足りなければ国からの補助金や一般会計からの繰入金、すなわち税金での穴埋めもできるが、それでも黒字化せず、赤字に陥るところが23.2％におよんだという。その原因は、簡単にいえばコスト高と人口減少だ。
4分の1の水道管が耐用年数を超えている
　日本のエネルギー自給率は2023年度で15％ときわめて低い。このため、折からの超円安でエネルギー価格が軒並み上昇した影響は大きい。しかも、中東情勢の緊迫化にともなって原油や液化天然ガス価格が高止まりしたことで、さらに追い討ちをかけられることになるだろう。
　水道事業のコスト高のうちわかりやすいのは、電気料金の高騰だろう。水を集めて浄水場に送り、さらに水道利用者のもとまで送り届けるには、ポンプを稼働する膨大な電力が必要だ。ポンプの動力費が総事業費に占める割合は、全国で急上昇している。しかし、それ以上に危惧されるのは、水道管やポンプ場などの老朽化である。
　現在、日本の地下には地球18.5周分に相当する約74万キロメートルもの水道管が埋まっているが、2024年度の時点で全体の26％、すなわち4分の1以上がすでに40年の法定耐用年数を超えているという。この法定耐用年数は、1952年の地方公営企業法制定に合わせて定められたものなので、その後、水道管の耐久性が増したことが反映されていない、という指摘もある。そうかもしれないが、40年以上前に敷設された水道管に関しては、現行の耐用年数が妥当だろう。
　日本が欧米諸国と大きく異なるのは、水道管などのインフラを、戦後の高度経済成長期に一気に整備したことだ。長年かけて少しずつ整備したなら、少しずつ更新すればすむ。ところが、そもそも戦前の日本は欧米にくらべてインフラ整備が遅れていたところに、多くの都市が焼け野原になり、ほぼ一からのスタートになった。
　それにもかかわらず奇跡的な復興と発展を遂げた、と称賛されてきたが、そのツケがいま表面化している。一気に整備したため、耐用年数も一気に超え、最近では老朽化した水道管が破損する事故が、全国で年間2万件以上も発生している。なかには道路の陥没や大規模な浸水などにつながるケースもある。
人口減少で水道事業を維持できない
　ところが、前述したように、全国の水道事業の23％が赤字で、税金を投入しなければ事実上の赤字になる事業を加えると6割を超える。この状況では、水道管の更新に当てる費用は捻出できない。水道事業には水道管などの設備更新が欠かせないため、日本水道協会は、水道料金に設備更新のための「資産維持費」を算入するように指針を示している。だが、多くの水道事業はその余裕がなく、算入していないのが現実だという。
　そこに追い討ちをかけているのが人口減少である。水道事業は利用者が支払う水道料金でまかなわれている、と前に述べたが、全国的に利用者が減少傾向にあるのだから、収入が増加する余地はない。既述した朝日新聞の記事には、水が豊富な神奈川県松田町の、「24年度は水1立方メートルをつくるために106円かかった。しかし、収入は86円。水を売れば売るほど赤字だ」という例を挙げていた。全国の状況を象徴する話だが、今後は人口減少にともない、全国で状況がさらに悪化するのが確実だ。
　日本の出生数は2016年、1899年に統計をとりはじめて以来、はじめて100万人を割り、以後も減り続けている。2024年には70万人を割って68万6,173人となり、2025年は日本総合研究所の試算では66万5,000人程度だという。国立社会保障・人口問題研究所は2023年に公表した試算で、2025年の出生数を74万9,000人と見込み、66万人台になるのは2041年だとしていた。日本の少子化は国の予想より16年も速いペースで進んでいる。
　国土交通省は、日本の総人口が2050年には1億人にまで減少すると見込んでいる。しかし、上記の予測が大きく前倒しになっている以上、1億人の大台を下回るのはもっと早いだろう。要するに、全国各地の水道事業が独立採算である以上、これから経営が好転する可能性は皆無だということだ。
「水と安全はタダ」という認識をあらためよ
　では、どうすればいいのか。昔の日本では、よく「水と安全はタダ」といわれたが、この認識を根本からあらためる必要がある。水はコストがかかる資源なのだ。具体的には、水道インフラを維持する方法は2つしかない。1つは、水道料金を値上げすること。もう1つは、すでに行われている旨も記したが、国の補助金や自治体の一般会計からの繰入金というかたちで、水道事業に税金を投入することである。
　物価高騰が続いているさなかに水道料金が値上がりすることに対しては、全国的に強い反発があるようだ。しかし、値上げを受け入れなければ、「命の源」でもある水が、まともに供給されない事態に陥りかねないという実情を、1人1人が知らないとまずい。
　また、税金の投入に関しては、多くの自治体にその余裕がない。それなのに、いまだに消費減税が議論されていることには、呆れざるをえない。
　先の総選挙では、物価高対策として与野党が消費減税を主張して競い合った。しかし、消費税はその約4割が地方の税源、すなわち地方消費税と地方交付税である。消費減税が実行に移されれば、現在、ただでさえ財政が苦しい地方自治体の財政状況が、さらに厳しくなるのは確実で、予算を水道事業に回す余裕は、ますます失われてしまう。
　いうまでもないが、全国の市町村が維持および管理すべきインフラは多々あり、水道はその一部である。しかも、日本中の多くのインフラが水道と同様、高度経済成長時代に一気に整備され、それらの多くが耐用年数を超え、これから超えようとしている。
　私たちが生活するうえでの利便性を、少なくとも従来と同水準で維持していくには、膨大な費用がかかる。その一例が水道である。ところが現状では、全国の水道事業は水道管を更新する余裕さえなく、市町村にはそれを補填する予算がなく、水道料金の値上げも住民のコンセンサスを得られない。これでは行き着く先は「石器時代」である。いや、石器時代の日本はきれいな水に囲まれていただろうから、それ以下かもしれない。
香原斗志（かはら・とし）
デイリー新潮編集部<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
<div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「水と安全はタダ」ほど非常識はない…　水道事業が破綻して日本は石器時代に戻る</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>5/4(月) デイリー新潮</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;"><strong>全体の6割半ばは水道料金でまかなえない</strong></span></div><div><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;"><strong>高度経済成長期に一気に整備したため、耐用年数も一気に超え…</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　トランプ大統領のイランに対する「石器時代に戻す」という威嚇は、世界に波紋を広げた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>橋や発電所などの民間インフラを徹底的に破壊するという脅しだが、実行すれば国際法に違反することは明白である。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>いずれにせよ、民間人の生活をおびやかし命にもかかわるようなインフラ破壊は、断じて行われてはならない。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　とはいえ、「石器時代」と聞いても日本人の大半は、憤慨はしても他人事だと感じているだろう。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>だが、じつは、日本も下手をすれば「石器時代」に戻ってしまいかねない危機を抱えている。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>他国の攻撃を受けて、という話ではない。自滅しかねないのである。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　そのひとつが水道だ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>朝日新聞が4月5日付の朝刊で報じたのだが、同紙の集計によれば、全国の市町村などが経営する水道事業の2割以上が赤字に陥っているという。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>いうまでもなく水道インフラは、安全な飲料水を確保するためだけでなく、衛生的な生活環境を維持するためにも、産業や経済活動の基盤としても、失われれば「石器時代」に戻りかねないほどの必要不可欠なライフラインである。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　日本の水道事業は、全国の市町村などが経営する公営企業による独立採算性が原則で、人件費はもちろん、川やダムの水の浄化、水道管の維持や管理などにかかる費用は、基本的に各家庭や企業などからの料金収入でまかなわれている。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ところが、実際にそれでまかなえているかというと、全体の6割半ばが原価割れ、すなわち料金収入でまかなえない状況に陥っていたという。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　もっとも、市町村による公営の事業だから、料金収入が足りなければ国からの補助金や一般会計からの繰入金、すなわち税金での穴埋めもできるが、それでも黒字化せず、赤字に陥るところが23.2％におよんだという。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>その原因は、簡単にいえばコスト高と人口減少だ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>4分の1の水道管が耐用年数を超えている</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　日本のエネルギー自給率は2023年度で15％ときわめて低い。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>このため、折からの超円安でエネルギー価格が軒並み上昇した影響は大きい。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかも、中東情勢の緊迫化にともなって原油や液化天然ガス価格が高止まりしたことで、さらに追い討ちをかけられることになるだろう。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　水道事業のコスト高のうちわかりやすいのは、電気料金の高騰だろう。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>水を集めて浄水場に送り、さらに水道利用者のもとまで送り届けるには、ポンプを稼働する膨大な電力が必要だ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ポンプの動力費が総事業費に占める割合は、全国で急上昇している。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかし、それ以上に危惧されるのは、水道管やポンプ場などの老朽化である。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　現在、日本の地下には地球18.5周分に相当する約74万キロメートルもの水道管が埋まっているが、2024年度の時点で全体の26％、すなわち4分の1以上がすでに40年の法定耐用年数を超えているという。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>この法定耐用年数は、1952年の地方公営企業法制定に合わせて定められたものなので、その後、水道管の耐久性が増したことが反映されていない、という指摘もある。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そうかもしれないが、40年以上前に敷設された水道管に関しては、現行の耐用年数が妥当だろう。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　日本が欧米諸国と大きく異なるのは、水道管などのインフラを、戦後の高度経済成長期に一気に整備したことだ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>長年かけて少しずつ整備したなら、少しずつ更新すればすむ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ところが、そもそも戦前の日本は欧米にくらべてインフラ整備が遅れていたところに、多くの都市が焼け野原になり、ほぼ一からのスタートになった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　それにもかかわらず奇跡的な復興と発展を遂げた、と称賛されてきたが、そのツケがいま表面化している。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>一気に整備したため、耐用年数も一気に超え、最近では老朽化した水道管が破損する事故が、全国で年間2万件以上も発生している。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>なかには道路の陥没や大規模な浸水などにつながるケースもある。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>人口減少で水道事業を維持できない</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　ところが、前述したように、全国の水道事業の23％が赤字で、税金を投入しなければ事実上の赤字になる事業を加えると6割を超える。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>この状況では、水道管の更新に当てる費用は捻出できない。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>水道事業には水道管などの設備更新が欠かせないため、日本水道協会は、水道料金に設備更新のための「資産維持費」を算入するように指針を示している。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>だが、多くの水道事業はその余裕がなく、算入していないのが現実だという。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　そこに追い討ちをかけているのが人口減少である。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>水道事業は利用者が支払う水道料金でまかなわれている、と前に述べたが、全国的に利用者が減少傾向にあるのだから、収入が増加する余地はない。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>既述した朝日新聞の記事には、水が豊富な神奈川県松田町の、「24年度は水1立方メートルをつくるために106円かかった。しかし、収入は86円。水を売れば売るほど赤字だ」という例を挙げていた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>全国の状況を象徴する話だが、今後は人口減少にともない、全国で状況がさらに悪化するのが確実だ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　日本の出生数は2016年、1899年に統計をとりはじめて以来、はじめて100万人を割り、以後も減り続けている。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>2024年には70万人を割って68万6,173人となり、2025年は日本総合研究所の試算では66万5,000人程度だという。国立社会保障・人口問題研究所は2023年に公表した試算で、2025年の出生数を74万9,000人と見込み、66万人台になるのは2041年だとしていた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>日本の少子化は国の予想より16年も速いペースで進んでいる。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　国土交通省は、日本の総人口が2050年には1億人にまで減少すると見込んでいる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかし、上記の予測が大きく前倒しになっている以上、1億人の大台を下回るのはもっと早いだろう。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>要するに、全国各地の水道事業が独立採算である以上、これから経営が好転する可能性は皆無だということだ。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;"><strong>「水と安全はタダ」という認識をあらためよ</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　では、どうすればいいのか。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>昔の日本では、よく「水と安全はタダ」といわれたが、この認識を根本からあらためる必要がある。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>水はコストがかかる資源なのだ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>具体的には、水道インフラを維持する方法は2つしかない。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>1つは、水道料金を値上げすること。もう1つは、すでに行われている旨も記したが、国の補助金や自治体の一般会計からの繰入金というかたちで、水道事業に税金を投入することである。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　物価高騰が続いているさなかに水道料金が値上がりすることに対しては、全国的に強い反発があるようだ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかし、値上げを受け入れなければ、「命の源」でもある水が、まともに供給されない事態に陥りかねないという実情を、1人1人が知らないとまずい。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　また、税金の投入に関しては、多くの自治体にその余裕がない。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>それなのに、いまだに消費減税が議論されていることには、呆れざるをえない。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　先の総選挙では、物価高対策として与野党が消費減税を主張して競い合った。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかし、消費税はその約4割が地方の税源、すなわち地方消費税と地方交付税である。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>消費減税が実行に移されれば、現在、ただでさえ財政が苦しい地方自治体の財政状況が、さらに厳しくなるのは確実で、予算を水道事業に回す余裕は、ますます失われてしまう。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　いうまでもないが、全国の市町村が維持および管理すべきインフラは多々あり、水道はその一部である。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>しかも、日本中の多くのインフラが水道と同様、高度経済成長時代に一気に整備され、それらの多くが耐用年数を超え、これから超えようとしている。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　私たちが生活するうえでの利便性を、少なくとも従来と同水準で維持していくには、膨大な費用がかかる。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>その一例が水道である。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>ところが現状では、全国の水道事業は水道管を更新する余裕さえなく、市町村にはそれを補填する予算がなく、水道料金の値上げも住民のコンセンサスを得られない。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>これでは行き着く先は「石器時代」である。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>いや、石器時代の日本はきれいな水に囲まれていただろうから、それ以下かもしれない。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>香原斗志（かはら・とし）</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>デイリー新潮編集部</strong></span></div><a name="more"></a>

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            <category>社会・政治</category>
      <author>小だぬき</author>
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      <link>https://hoteiharatanuki.seesaa.net/article/520591993.html</link>
      <title>「思ったことを言える社会に」　「憲法くん」演じる松元ヒロさん　権力者を風刺、役割果たしたい</title>
      <pubDate>Mon, 04 May 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>「思ったことを言える社会に」　「憲法くん」演じる松元ヒロさん　権力者を風刺、役割果たしたい5/3(日) 熊本日日新聞　「こんにちは、『憲法』です。私がリストラされるって本当ですか？」。芸人の松元ヒロさん（73）＝東京＝はこの30年間、日本国憲法を擬人化してその意義を訴える一人芝居『憲法くん』を演じてきた。高市政権の下で憲法改正の主張が勢いを増す中、お笑いを通して権力者に物を申してきた松元さんに今の社会はどう映るのか聞いた。（福井一基）　『憲法くん』は施行50年の1997年、憲..</description>
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「思ったことを言える社会に」　「憲法くん」演じる松元ヒロさん　権力者を風刺、役割果たしたい5/3(日) 熊本日日新聞
　「こんにちは、『憲法』です。私がリストラされるって本当ですか？」。芸人の松元ヒロさん（73）＝東京＝はこの30年間、日本国憲法を擬人化してその意義を訴える一人芝居『憲法くん』を演じてきた。高市政権の下で憲法改正の主張が勢いを増す中、お笑いを通して権力者に物を申してきた松元さんに今の社会はどう映るのか聞いた。（福井一基）
　『憲法くん』は施行50年の1997年、憲法記念日のイベントで憲法学者の水島朝穂氏と台本を考えた。以来、全国で年間100件近い公演を続けている。
　「労組や市民団体など憲法に関心が高い人が呼んでくれるんですが、高市早苗首相になってからはあちこちからお呼びがかかるようになりました。改憲への危機感からか聴衆が食い入るように聞いてくれて反応が違うんです。〝高市バブル〟になっています」
　舞台では憲法の制定過程や役割について語り、憲法前文を朗読する。
　「前文には私たちが人類として生きていくために必要な全ての言葉が入っている。人権とか人を愛する心とか誰かを守ることとか、全ての人に通じることが書いてあります。現役自衛官が『憲法くん』を見て、目に涙をためて感動してくれたのはうれしかった」
　高市首相は来春の自民党大会までに憲法改正の発議実現にめどを付けると意欲を示しており、防衛力を抜本的に強化するとして安保関連3文書の改定に向けた議論も始まった。
　「タモリさんが数年前、この時代を『新しい戦前』と言ったけど、本当にそう思う」
　「こちらがナイフを出したら相手もナイフを出す。何も持たない手を出せば握手ができる。武力を持たない手で握手をする。これが憲法9条だと思うんです。このまま雪崩を打つように改憲するのではという危機感があります。最後まで改憲には反対と言い続ける」
　コント集団「ザ・ニュースペーパー」で、政治家を風刺する時事ネタで注目されたが、98年に独立する。
　「昔はテレビも自由だったけど、出演が増えたらいろんな制約が出てきた。スタジオにも目の前にお客さんがいて、辛口のネタには『そんなのテレビでやっていいの？』って顔される。そうしたら自分自身がテレビの向こうの視聴者に忖度［そんたく］するようになっちゃった。これじゃだめだ、『自分が思ったことを言おう』と決めて、舞台に軸足を移しました」
　鹿児島テレビは松元さんに密着したドキュメンタリー映画『テレビで会えない芸人』を制作。「テレビで会えない─」は松元さんの代名詞ともなっている。
　「権力者を風刺するのがお笑いの始まりであり、本来の役割だと思います。今のテレビは言いたいことは言えないし、弱い人をいじることで笑いをとっている。本来は強い人、権力者のことを笑うべきなんです。庶民が権力者に対等に物を言える社会でないといけない」
　「最近は若い芸人にも忖度せず物を言う人が出てきた。こんな時代だからこそ人の顔色をうかがわないで、思ったことを言わなきゃ。今こそ風刺が必要とされているし、その役割を果たしていきたい」<a></a>

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<div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「思ったことを言える社会に」　「憲法くん」演じる松元ヒロさん　権力者を風刺、役割果たしたい</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>5/3(日) 熊本日日新聞</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　「こんにちは、『憲法』です。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>私がリストラされるって本当ですか？」。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>芸人の松元ヒロさん（73）＝東京＝はこの30年間、日本国憲法を擬人化してその意義を訴える一人芝居『憲法くん』を演じてきた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>高市政権の下で憲法改正の主張が勢いを増す中、お笑いを通して権力者に物を申してきた松元さんに今の社会はどう映るのか聞いた。（福井一基）</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　『憲法くん』は施行50年の1997年、憲法記念日のイベントで憲法学者の水島朝穂氏と台本を考えた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>以来、全国で年間100件近い公演を続けている。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　「労組や市民団体など憲法に関心が高い人が呼んでくれるんですが、高市早苗首相になってからはあちこちからお呼びがかかるようになりました。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>改憲への危機感からか聴衆が食い入るように聞いてくれて反応が違うんです。〝高市バブル〟になっています」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　舞台では憲法の制定過程や役割について語り、憲法前文を朗読する。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　「前文には私たちが人類として生きていくために必要な全ての言葉が入っている。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>人権とか人を愛する心とか誰かを守ることとか、全ての人に通じることが書いてあります。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>現役自衛官が『憲法くん』を見て、目に涙をためて感動してくれたのはうれしかった」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　高市首相は来春の自民党大会までに憲法改正の発議実現にめどを付けると意欲を示しており、防衛力を抜本的に強化するとして安保関連3文書の改定に向けた議論も始まった。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　「タモリさんが数年前、この時代を『新しい戦前』と言ったけど、本当にそう思う」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　「こちらがナイフを出したら相手もナイフを出す。何も持たない手を出せば握手ができる。武力を持たない手で握手をする。これが憲法9条だと思うんです。このまま雪崩を打つように改憲するのではという危機感があります。最後まで改憲には反対と言い続ける」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　コント集団「ザ・ニュースペーパー」で、政治家を風刺する時事ネタで注目されたが、98年に独立する。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　「昔はテレビも自由だったけど、出演が増えたらいろんな制約が出てきた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>スタジオにも目の前にお客さんがいて、辛口のネタには『そんなのテレビでやっていいの？』って顔される。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>そうしたら自分自身がテレビの向こうの視聴者に忖度［そんたく］するようになっちゃった。これじゃだめだ、『自分が思ったことを言おう』と決めて、舞台に軸足を移しました」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　鹿児島テレビは松元さんに密着したドキュメンタリー映画『テレビで会えない芸人』を制作。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>「テレビで会えない─」は松元さんの代名詞ともなっている。</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　「権力者を風刺するのがお笑いの始まりであり、本来の役割だと思います。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>今のテレビは言いたいことは言えないし、弱い人をいじることで笑いをとっている。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>本来は強い人、権力者のことを笑うべきなんです。庶民が権力者に対等に物を言える社会でないといけない」</strong></span></div><br /><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>　「最近は若い芸人にも忖度せず物を言う人が出てきた。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>こんな時代だからこそ人の顔色をうかがわないで、思ったことを言わなきゃ。</strong></span></div><div><span style="color: #000000; font-size: 12pt;"><strong>今こそ風刺が必要とされているし、その役割を果たしていきたい」</strong></span></div><a name="more"></a>

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            <category>社会・政治</category>
      <author>小だぬき</author>
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